探偵ノート

第011号 – 偏向眼鏡

Update:

久しぶりに安曇野ちひろ美術館を訪れた。私と同年齢の建築家・内藤廣さんの設計による美術館が完成したのは3年前。南アルプスの山々を背景にした広大な自然の中に建つこの美術館は、ゆったりと寛いだ時間を過ごすための家族連れやカップルたちで賑わっている。

ここの館長の松本猛さんは私の大学時代の友人。上野の芸大に在学中には「復刻版芸大新聞」などをたち上げた同士である。そんな訳でいつ頃からか、私も財団法人の評議員をお引き受けすることとなり、それ以来の美術館との親密な付き合いが始まって、美術館建設の企画段階から関わっていた。この美術館、予想以上に好評で、この秋には早くも増築工事の起工式が予定されているほどの盛況ぶりだ。

今回、私が訪れたのは夏休みの終わった後の金曜日の昼過ぎとあって、酷い人ごみもなく、ゆったりと美術館を回ることができた。やはり美術館は人の少ない時にゆったりとしたいものである。人の山を見に行くような美術展も少なくないが、そんな人たちの姿を見ていると(法隆寺展が整列鑑賞だったので…)、日本人の美術鑑賞の姿勢や心持ちが貧しく思えてならない。ゆったりした自分自身の時間を過ごす環境が美術館であるべきだ。そんな当たり前のことが贅沢になってきた。

まあまあ、ここで私が言いたいことは日本の美術鑑賞の貧弱な現状ではなくて、私が年老いた両親を連れて、一緒に過ごした、美術館での幸せな一時のことである。照明計画を私たちが担当したこともあって、今までに何回となく美術館には来ているのだが、仕事に殆ど関係なく美術館を訪れること自体が新鮮だったのかも知れない。そういえば、世界中のどんな美術館を訪れても、美術品を鑑賞する前に必ず天井の照明設備を冷静に評価する癖がついている。職業病だね、厭になっちゃう。

つまり私の場合の重大な欠点は、常にどんな種類の建築や環境に出会っても、先ず「光のデザイン」という職業的な偏向眼鏡を通して状況を観察することだ。この偏向眼鏡をはずすのは、けっこう努力と忍耐が必要になる。半ば条件反射的な出来事なのだ。皆さんも偏向眼鏡にはご注意を!

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