探偵ノート

第033号 – スカンジナビア、どうして心休まるのだろう

Update:

8月末にLPAの仲間や武蔵美のゼミ生と一緒にストックホルムとヘルシンキを訪れた。私にとっては多分4~5回目の北欧の旅だったが、初秋の好天に恵まれたせいもあって、随所に気持ちの休まるひと時がある、そんな時間の連続だった。どうして心休まるのだろう。

私にとってこの「どうして」は幾つかの推論が成り立つ。一つはスカンジナビアの気候のせいだ。とりわけここ数年は毎月赤道直下の街(実は北緯1度に位置しているらしいが)Singaporeや、 Bangkokに出張しているので、その熱気や湿気が体内感覚として染み付いているに違いない。そのとろけるような熱気を帯びたトロピカル・シティの喧騒も嫌いでないが、やはり赤道付近の街では太陽光をいとおしく見つめたり、夕暮れの暮れなじむ時の移ろいに感傷的になったりすることはほとんどない。ところがスカンジナビアでは毎日のように太陽光との恋に落ちていた。心が締め付けられるような時間帯にたくさん出会うのだ。二つめの理由は多忙な日程表からの逃避かも知れない。日本での毎日はもとより海外への出張の時でさえ、30分と間隔のあかない詳細な業務日程が詰め込まれる昨今。特にレギュラーに大学に行くようにしてからは、大学の研究室にいる日にさえ、 30分単位のゼミの授業や学生指導面接などが数珠なりになっている。スカンジナビアに行った時には、そのような詳細日程に管理された毎日から概ね解放されていた。もちろん暇な時間を過ごしたわけではないが、時間の流れにストレスを感じない。時間の密度が優しいのだろう。三つ目の明らかな理由は、北欧の人たちとの相性のいい人間関係だ。ステレオタイプ的に人間の相性を語るつもりはないが、最近は中国系の人たちとの仕事が急増したせいか、彼らとのたくさんの会話の後には極度に疲労する事しばしばである。中国系英語の聞き取りにくさも手伝って、 Singaporeに出張すると、その一日の長く疲れることといったらない。失礼な言い方を敢えてすると、中国系の人たちと意気投合し心割って話すような機会がとても少ないのだ。どこかで人間関係の違和感を引きずっている。それがスカンジナビアの人には殆ど感じない。いくらかの昔からの友人も含めて思い起こすと、「北欧に悪い人はいないのか・ .・」という冗談を言いたくなるほど、彼らとの会話には心通うことが多い。私は極端な北欧ひいきなの? でも、この件については私だけでなく同意してくれる友人はたくさんいるのだ。日本人とスカンジナビア人との気質や生活のメンタリティが似ている、と言ったら反論されるだろうか。

そんなわけで、9日間ほどの北欧滞在だったが気分は最高だった。先ず初めにストックホルムに入り、Transnational Lighting Detectives Forum 2004 in Stockholm に参加した。このフォーラムの詳細報告は他の団員がする事になっているのだろうけれど、昨年のTokyo大会に次いで2回目という事で、大きな期待がかかっていた。 Aleksandraというストックホルム支部の友人の奮闘努力のかいがあって、前夜祭から本番のシンポジウム、エキスカーションのボートツアーや最後の晩餐まで・・・、とても心のこもった時間をおくることができた。NYから、Hamburgから、Singaporeから、そしてCopenhagenからも志を同じうする友人が集まり、「住宅照明」についてそれぞれの現状と特徴的事柄を報告しあう。それぞれの街や国柄の違いは、そのまま住宅照明の現状に現れている。私は学生と一緒に調査研究した日本の住宅照明の現状を報告したが、私達の蛍光灯に支配された住宅照明の現状を、欧米の友人たちはどのように受け取ったのだろうか。各地からの発表はそれぞれに個性的で、相互の発表内容を比較することが楽しかった。このストックホルムでのフォーラムの大成功は来年3回目のハンブルグ大会への期待に繋がっている。

私にとっては大学で教えるゼミ学生と海外で一緒の時間を過ごせた事も新鮮な経験だった。私にとって昨年から始まった学生諸君との付き合いは、躾の良い息子や娘が、急にたくさんできてしまったようなものだ。躾の悪い学生は相手にしないようにしている。学生にとっては当然、私は親父ではないのである程度の必要な距離をおいて私を観察している様子だ。今のところ私はその距離感をとても好んでいる。私に対して失礼な態度は許されるはずもなく、私から何かを吸収しようという鋭い眼光を感じるときには、訳もなくそれに応えてしまう。若い社員と私との関係式とも異なる。妙な関係だな、と自分で感じる事も多い。北欧の街を彼らと一緒にみて回るだけでなく、むしろ東京にいるときと同様の話題でも、夕暮れ時のヘルシンキのカフェで話しだすと、全く異なる会話と結論になってしまう。カフェを飲み、ビールをお代わりし、ニシンの酢漬けやミートボールを頬張るごとに、地球の反対側で同じ空気の中に浸っている事を連帯する。その事が大切であり、かけがいのない大切な思い出を積み上げている事の喜びを感じているのではないか。いずれにしても彼ら学生が同行したのも「心休まる旅」の原因に加えられるかもしれない。私が先入観をなくし無垢になればなるほど、学生の視点に学び取る事は多くなる。学生に語りかける時に自分自身に気合を入れていることも多い。

スカンジナビアはこれからも何度も訪れたい地球の部分である。心休まる・・・と思えるうちには多くの事が学習できるかもしれない。来年の春と秋にもスウェーデンでのワークショップに招かれている。北欧との心休まる関係が継続してくれる事を願っている。アルバ・アアルトの設計したレストラン・サボイから見たヘルシンキの夕陽とブルーモーメントが忘れられない。そうそう濃厚なきのこのスープとトナカイ肉のソテーが絶品だったことを、今でも鮮明に思い出す。

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