世界都市照明調査

北陸-能登半島めぐり

国内調査 北陸-能登半島めぐり

2015.09.01-04  瀬川佐知子+本多由実 

北陸新幹線開通により各地から訪れやすくなった北陸地方の初調査。北陸地方の中核都市、金沢でのシンボリックな光の在り方と、都会から離れた町での生活に根ざした根源的な光の在り方とをめぐってきました。

■自然の中で「使う」光

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鉄道交通網から離れた能登半島の先まで行ったのち、都市部 金沢の調査に向かった。

例年より早く日本に停滞してしまった秋雨前線の中、石川県小松空港へ到着。新幹線ではなくあえて飛行機利用にしたのは、空港近くの梨園を見学するためだった。30分前に到着する予定だった別便は悪天候のため羽田に引き返すほどの豪雨。なんとなくこれからの旅の運命を感じつつ、先程までの豪雨で樹木の枝などが散乱している道路を車で走ること約20km、目的の梨園に着いた。道路灯は一切無く、あたりは真っ暗。照度計はまったく反応しない。近くに車を止め、私道を少し歩くと暗闇のなか突如、黄色の蛍光灯が立ち並ぶ梨園が眼下に広がった。雨上がりで霞んでいたのも相まって、幻想的な異世界のような光景。人がいない中で整然と灯った光に、工場夜景のように近未来的な印象を受けた。
奥谷町の梨園では農薬を使わない栽培を目指して、7月末から9月の夕刻から明け方まで約1500灯の防蛾灯を点灯している。黄色の着色バルブに単色光の蛍光物質を散布した鮮やかな黄色のランプに蛾が昼間と勘違いして寄り付かないらしい。
「東京から来た」と言うと、梨園の人は「何のためにわざわざ?」と訝しげだった。ここでは光は楽しむものではなく「使う」ものである。

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黄色い光が広がる梨園。山に囲まれて他の光が届かない。

■受け継がれる祭りの灯り

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輪島のキリコ会館。大空間に10mものキリコが立ち並ぶ姿は圧巻。

翌日は早朝出発で輪島を経由して能登半島先端へ向かった。能登半島ではキリコと呼ばれる巨大な灯籠を担ぐ祭りが各地で行われることで有名である。祭り開催日ではなかったが、輪島のキリコ会館に立ち寄り、江戸時代のものから現役のものまで観賞した。キリコは本体が直方体の形状で文字や絵が描かれ、彫刻や人形、提灯や行灯で飾られている。内部に灯りをいれ、御神灯として神輿を先導する役目を持つ。最大で高さが10mを越すキリコは和紙を透かして柔らかな光を放っていた。今でこそ光源は電球で、人工的な揺らぐ光を使っているものもあったが、蝋燭の火を使っていた頃はより幻想的に揺らめいていたのだろうと想像した。

■自然の中で「変化」する光
その後、海から昇る朝日と、海に沈む夕日の両方が見える禄剛崎を目指して半島の最先端へ向かった。調査日はあいにくの曇天だったが、雲の切れ間から夕日をうけて空が赤く染まっていき、あたりがすっと暗くなるという時間の流れを、周りに人工的な光が全く無い場所で全身で体感できた。日が暮れたのち、岬には灯台の光だけが残された。暗く沈んだ海に向けてただ放たれる光はそれ自体が強力な意味と存在感を持つ。何かを照らすための光でも、精神的なものでもない、極めて機能的な光の在り方にここでも出会った。
ふもとの集落では夜道は真っ暗で出歩く人もいない。明るい都会の夜に慣れた身には、生活リズムも夜の町の暗さも新鮮だった。

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夕暮れ時、雲越しに空の色の変化を見る。
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通常はレンズを回転させて光を点滅させるが、禄剛崎灯台は遮蔽板を回転させるという珍しい仕組み。

■城下町の「おもてなし」の光
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日没頃の金沢の街を見下ろす。左側の小高いところが金沢城址で、黒い森の陰のなかにライトアップされた城壁が見える。右側の高い建物が多いエリアが金沢駅前で、手前の暗いエリアが茶屋町。橋の上にあるナトリウム灯のオレンジ色が目立っている。

3日目は中世からの中核都市、金沢の調査を行った。茶屋町や城址といった歴史的な景観と美術館などの現代建築が隣接している場所で、「金沢」のイメージをかたちづくる光の使われ方に着目した。
まず市内を見下ろしてみると、茶屋町は黒い瓦屋根が連なり暗く沈んでいる。白い街灯の光がちらほらと見える中、間を流れる川に架かる橋と茶屋町には暖色系の光の街灯が並び、ひときわ目立っていた。遠くに見える金沢城の城壁がライトアップされてくっきりと浮かび上がるのかと予想していたが、ほんのり照らされる程度でそこまで目立っていないのが意外だった。

茶屋町の和の灯りのしつらい

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浅野川大橋から主計町茶屋を望む
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主計町茶屋のスケッチ

金沢の主な茶屋町のうち、川をはさんだ2つの町を訪れた。
ひがし茶屋は物販店が多く、夕方には店舗が閉じ、期待していた格子からの漏れ明かりも少なかった。
ただ、17時ごろにガス灯が灯り始めると、散策中の観光客はこぞってカメラを構えていた。
一方、川をはさんだ主計町茶屋は食事処や料亭が多く、夜になると人の気配をより感じる場所である。玄関先の和風ブラケットや提灯、格子戸の裏に行灯が灯されて、和の雰囲気を演出していた。入り組んだ小路の奥にぽつんと見える提灯も魅力的だった。
川沿いの通りでは街路灯としてガス灯が約10mピッチで設置されていたが、道路の中心部分で3-5lxで茶屋町の雰囲気に合わせ暗めに設定されていた。
ガス灯の支柱は川沿いの樹木にあわせた深緑色、周辺の道路の街路灯は建物にあわせたこげ茶色で、周囲に溶け込むよう昼の景観も考えられていた。
しかし、建物によっては室内に白い蛍光灯を用いているところがあったり、あたたかい光色の本通りを一本裏道に入るとまぶしい白色LEDの街路灯が設置されていたりと、完全には光が整わない歯がゆさもあった。

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灯りがともりはじめた夕暮れのひがし茶屋
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主計町の浅野川沿い

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和の灯りのおもてなし。基本的に電球色の灯りだが、建物によっては白い蛍光灯で、ランプも道路から見えているのが残念。

表情を変える城壁       

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旧の対峙。旧県庁舎はリノベーションにより城壁側がガラス貼りの現代建築となっている。あいだの広場は、落ち着いて城壁を眺められる心地よい暗さに保たれている。

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グレア対策された器具

金沢の中心部は金沢城の城址公園として整備され、美術館などの文化施設が集まるエリアとなっている。
段上に高く積みあがる城壁は昼間は威厳をみせつけるが、夜になるとアップライトのグラデーションと階段や樹木のシルエットで層状の奥行き感がでてやわらかい雰囲気に表情をかえていた。
城壁アップライト用の投光器はメタハラ70W、3000Kで、上部に遮光板がつけられて石壁のみに光がかかるよう考慮され、歩行者へのグレア対策ともなっていた。金沢城と兼六園の間の歩道は片側配光のボラードが7mおきに設置されて歩道面は2-10ルクス。
頭上にかぶさる街路樹は照らされていないのだが、横にはアップライトされた城壁が続いているためほどよい明るさ感は保たれていた。

旧県庁舎との間には車道を挟んで広場が整備されている。
堀沿いの柵は歩道への照明を兼ねているのだが、スプレッドレンズによって光が足元のみに伸びるよう調整されていて、点状に連なる光は見えるもののグレアは全くなかった。照明器具自体の工夫のほかにも、地面の起伏により歩行者の視線から車が隠れるという設計も巧みで、全体的に景観整備が行われているのがよくわかった。芝生も綺麗に整備され、天気がよければ気持ちよくいられる広場である。
ライトアップの明るさは各所ともほどよく抑えられ、また、電球色の光と石や木といった自然素材の組み合わせで眼に入る色の種類も統一感があり、しっとりと趣のある夜景で古都のイメージを形成していた。一方で、隣接する繁華街ではアーケードやサインのカラフルで明るい光が氾濫する賑やかな光環境も顕在だった。

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金沢城と兼六園の間を抜ける百閒堀通りの歩道。城壁アップライトはほどよい輝度感だが、歩道のボラードが眩しい。
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百閒堀通り断面スケッチ。照明の要素は多め。

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城址まわりのしっとりとした明るさの裏で・・・繁華街では光が氾濫。
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雨が多い気候柄か、アーケードが多い印象を受けた。
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やわらかく発光しているように見える金沢21世紀美術館の夜景。

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近江町市場もアーケードになっている。
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新しい竪町商店街には街路灯がない。店舗3階くらいの高さに張り出した庇からの照明でベースをとっている。(写真は昼の様子)

■新幹線開通に湧く駅と車内の「おもてなし」

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昼のもてなしドーム
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夜のもてなしドーム

北陸新幹線の開業に伴いリニューアルした金沢駅は、鼓門といわれる朱色の大きな門が目を惹く。

その後ろには「もてなしドーム」と呼ばれる大きな傘をイメージしたガラス張りのドームがある。
駅を降りた人にそっと傘を差し出す・・まさに今回の旅で実感した北陸の天気にぴったりのテーマである。
夕刻になると鼓門をはじめ、もてなしドームもライトアップされるが、どちらも写真で見るよりずっと穏やかな光である。
ドーム内の通路は20lx程度、バスのりば入口でも80lx程度と明るさを抑えていた。ドーム自体も煌々と照らされていない。
鼓門は一番高い軒下が12m程度あり、そこを両端に通っているバスのりばとタクシーのりばのキャノピーから計4台のスポットライトで表面の軒下を照らしていた。
まわりには植栽と一緒になったベンチが置かれており、鼓門からの柔らかい光によりに人々の憩いの場所となっていた。

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金沢駅の顔、鼓門。両サイドから照らされている。
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ホームの白くて明るい光の帯が目立つ
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グランクラスとグリーン車間の洗面台

その反面、駅のコンコースは昼夜問わず700lx程度で、さらにラチ内になると1000lxを超える場所もあり、かなり明るい設定となっている。 
調査のトリは北陸新幹線グランクラス。赤茶色を基調としたモダンの中に和のテイストが取り入れられている車内である。
車内は全体的に柔らかい光で落ち着いた空間となっているが、窓を縁取った間接照明など、少しSF映画に出てくるようなイメージも兼ね合わせていた。色温度は3200K前後で想定していたよりも高かった。
グリーン車の方が色温度が低く3000Kであったが、照度はグランクラスの方が暗く全体で50lx程度。ただ、読書灯が各座席にあり、手元のあかりは十分だった。頭の横から出ているので眩しくなく、フェード具合も心地よかった。社内の落ち着いた光環境は快適で、逆に短時間で到着できるのが物足りなく感じられるほどであった。

少し残念だったのがアメニティの空間が5000Kと急に高色温度の世界になることである。せっかく落ち着いた空間を満喫しているのだから、トイレなどに行くときもその気分を持続させたかった。

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コンコース(手前)とラチ内(奥)とで色温度がはっきりと切り替わる。
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目が覚めるほど明るいホーム
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新幹線入口の光柱には和紙が使われている。

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グランクラス車内の様子。内装色が赤みがかっているためか、色温度は3200K
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グランクラス座席。頭の横についているのが手元灯。

■まとめ
金沢のことわざに「弁当忘れても傘忘れるな」とあるように、今回の調査は天候に恵まれず、自然光を求めて行った能登半島の調査はなかなか困難だった。その代わり、普段東京では味わえない「闇」と「静寂」を得られることができた。
金沢には数年前に行ったことがあったが、そのときとは違う活気を感じた。活気は増えたものの、茶屋町や駅前広場周辺では落ち着いた光を維持しており、城下町としての気品を感じた。欲を言えば、駅構内ももう少し照度を落とし、落ち着いた空間にできなかったかと感じた。
(瀬川 佐知子)

最低限の光のみの暗い夜を体験した後に街に戻ると、夜の光の量と人々の活動の連動がより強く感じられた。金沢では「和」を意識させる穏やかな灯りが多いことは予想していたが、隣接する21世紀美術館や金沢駅のドームではガラス建築ながら、昼間とは真逆の印象のやわらかい光環境となっていたのが意外で、心地よかった。主な観光エリアから進められている夜景整備が地元の人で賑わうエリアではどのように展開されるのか、今後も楽しみだ。
(本多 由実)

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