世界都市照明調査in Morocco
2018/09/30-10/08 高橋翔作 + 山本雅文
アフリカ大陸にありながらも、隣国スペインやフランスなどのヨーロッパの影響を色濃く残すモロッコ。様々な文化の影響を受けながら都市が形成されて来たと言える。今回の調査は、大都市マラケシュから始まり、アトラス山脈を越えて内陸の広大なサハラ砂漠を訪ねた。そこから10時間かけ更に600キロも大陸を横断し、青の街シャウエンを目指した。太陽の恩恵を受けながら地中海のほとりに輝くこの国の風土、文化、暮らしを体感し、照明と人々の暮らしのあり方を調査した。
■マラケシュに到着
カサブランカ空港から車で走ること4時間。荒野の中にポツリと赤土の街並が見えて来た。大都市マラケシュだ。旧市街で車を降りた途端、飛び交う大量のハエが体中にぷつぷつと当たる。果物や生魚の腐敗した臭いが鼻を突く。狭い路地を大勢の人々が行き交い、バイクがクラクションを鳴らしながら走り抜けていく。辺りには砂埃と排気ガスがたちこめる。遅めの昼食にと、近所の売店で買ったツナサンドにも、たちまちハエが群がる。
■マラケシュ駅
マラケシュ駅は、イスラム様式の大きなガラス張りのファサードが美しい終着駅である。コンコース照明は日没まで全く点灯されなかった。ファサードに施された綿密な模様を縫って刺し込む自然光が柱や床面に光の模様を描いている。中央には、天井から吊られたペンダントが金色に輝いている。室内にありながら日中照明の点灯されていない駅は日本にはまずない。自然光だけで魅力的に見える理由は、柱の装飾やファサードの模様といった、機能を超えた美しさに由来しているのではないだろうか。
駅前広場から中をのぞくと、コンコースとその奥に伸びるホームが見える。意図的なのだろうか、ちょうど駅の向こう側に西日が沈んでいく。日没と同時に照明が点灯し、白色の点光源と接触不良を起こしたであろう鈍い明かりが、不均一に建物を照らし始めた。夜もマラケシュの玄関口として、新市街の中で美しく輝いて欲しい。
旧市街の道の多くは日よけで覆われている
人々で賑わう夜のスーク
大道芸を鑑賞する人々
■旧市街の街並みとスーク
旧市街=メディナは、2、3階建ての建物が密集している。迷路のように入り組んだ道が続き、歩きだすとたちまち方向感覚が無くなる。建物と建物の間には、強い日差しを遮るための布や板がかけられて、その下の小道で人々が談笑している。途中から生活感は消え、雑貨店が軒を連ねるスーク(市場)に出た。鉄、鋳物、陶器、革、衣服など様々な専門店が軒を連ねる。品物は道にもあふれている。それらには緻密で美しい模様が施され、丁寧な手仕事の跡が伺える。真鍮職人のスークでは、狭い店内に所狭しとランプシェードが並べられ、天井までも覆われている。無数の白熱電球の光が真鍮越しに輝いていた。夜の旧市街は、建物の外壁に付いた白色LEDが路面を照らす殺風景な景色だった。けれど、玄関脇のランプシェードの明かりの傍で談笑する人々の姿は印象的だった。人の拠り所となる場所の照明には、モロッコ人の暖かな気持ちが込められているに違いない。
■ジャマ・エル・フナ広場の夜
広場の賑わいは日が沈むにつてれて増していく。雑踏と独特な匂いにクラっとする。笛や太鼓の音色は異国情緒あふれるメロディーを奏でている。大道芸人が小さな明かりのたもとで芸を披露し、大勢の人々が鑑賞している。屋台からは煙がたちこめ、電球色や白色の裸電球で無秩序に彩られていく。様々な照明が混在する様子は、そこに集う人々の活気に更なる彩を添えているのではないか。広場は眩い光で満たされ、まるで大都市マラケシュの中にぽっかりと出来た、光のオアシスとでも言えよう。
近郊の街から砂漠まではラクダで移動する
食後にベルベル人の伝統音楽を聞きながら談笑する
タジンの傍らで揺れるキャンドルの灯り
■サハラ砂漠を目指して
マラケシュを出発したのは日が昇り始めた朝7時半。舗装されていない山道を車で飛ばす。目的地は標高2000メートルのアトラス山脈の遥か遠く。街を抜け、ナツメヤシの森を抜ける。進むにつれて単調な景色が続くようになる。広大な岩砂漠の彼方に山の峰が連なって見える。サンセットに間に合うようにと車は加速する。出発してから10時間が過ぎた頃、ようやく砂漠が見えて来た。太陽は西の空に沈みかけている。大きな砂丘をひとつ乗り越えたところで車を降りた。
■サンセット
砂漠では、時折吹くかすかな風音だけが聞える。ラクダに乗って更に内地を目指す。あたりは次第に暗くなる。大きな砂丘を登ったところで、遠くに街明かりが見え始めた。頂上で腰をおろすと、頭上には手が届きそうな星空が広がっている。半球の夜空に散りばめられた星は、ゆっくりと明滅している。星々がくっきりと見える分、夜空は近く感じられた。
初日にマラケシュで見た夜空は東京と変わりなかった。しかし人工照明から離れた砂漠の夜空は大きく違い、自然そのものの情景であった。満点の星の夜空は、私達の暮らしの中の灯によってかき消され、特別な価値を持つ景色となってしまった。発展を止めない都市の中で暮らしながらも、自然本来の姿を心に留め思いを寄せてみる。その様な小さな働きかけが、例えば節電する気持ちに繋がったりと、都市夜景を変えていくきっかけになるのではないだろうか。
■砂漠のキャンドルナイト
砂漠で心に残った照明が一つある。夕食の時に現地の方が我々のテーブルに置いた即席の燭台だ。カットしたペットボトルを逆さにし、一方には砂漠の砂を詰め、もう一方の飲口をその砂に差し込み、ロウソクを立てた仕様。簡素ながらも、旅の必需品だけを用いて風を遮り、砂でシェードとロウソクを固定している。その必然的な仕組みに機能的な美しさを感じた。もちろんロウソクの暖かな灯りが失われること無く、タジン鍋が美味しそうに照らされている。
■サンライズ
翌朝の砂漠はすっかり冷え込んでいた。空に星が残っている頃にテントを出て再び砂丘を登った。日の出前の砂肌はしっとりと微かな陰影をつけている。やがて砂峰の彼方から太陽が顔を出す。次第に砂の起伏のコントラストが増して来る。風にさらされて波紋の様な表情になった砂肌までもが、くっきりと浮かび上がる。
日常生活の中で、寝室に差し込む朝日が刻々と変化する表情に感動させられることがある。しかし、生活や喧騒から離れた砂漠では、僅か数分の太陽の軌跡がつくりだす変化にさえ、繊細な時間が流れていたことに気づかされる。さりげない物事にもドラマがある。慌ただしい日常の中で見落としてしまっていた多くのことを砂漠は教えてくれた。(山本雅文)
日が昇るにつれて砂の起伏に強いコントラストが付き始める
頭上に降り注ぐ星空
■青の街シャウエン
モロッコを代表する観光地の1つにシャウエンがある。丘に建つこの街は街中の外壁が青、水色に塗装されている。青色の壁面を背景に所々に原色の花瓶や布がちりばめられた風景はおとぎ話の世界に迷い込んだ様な感覚になる。
街中にはナトリウムランプによるオレンジ色の光はほとんどなく、青白い蛍光灯かLEDが用いられていた。モスクのライトアップや、モスク前の広場ではナトリウム灯が用いられているところを見ると、青い街中では白色の照明を使うように色温度の使い分けがされているようだ。青い壁面に青白い光で照らされるこの街の夜は、どこか寒々しい雰囲気が漂い、日中のかわいらしい雰囲気から一変する。道は最小限の明るさで照らされ、暗い道では1ルクスを下回っていた。日が暮れてからは閉店する店も多く、人通りもまばらになり、夜はさみしく危ない街の印象を受けた。
壁面も床面も青く塗装された道
夜間は寒々しい雰囲気が漂う
■経済都市カサブランカ
モロッコの商業、金融の中心地で国際空港を有するこの都市は、同国の訪れたどの街よりも近代的な印象を受ける。海岸沿いには建設中のマンションやオフィス、商業施設が立ち並び、進行形で開発が進んでいる様子だ。
どの街にも旧市街と新市街があったが、このカサブランカはその差を最も顕著に感じた。新市街ではネオンサインを掲げた大型の店舗や大道芸を楽しむ人、蛍光灯で明るく照らされたテラス席で雑談を楽しむ人々の光景がみられた。
対して隣り合う旧市街ではナトリウム灯だけの薄暗い中、ゴミも散乱する道端で日用品や食材が売られてた。歩いて数分の距離にこんなにも違う世界が隣り合っていることに驚かされる。演色性の乏しい光の中で様々な商品の全てがオレンジ一色になっていることが気になったが、おおらかな気質のモロッコの人にとっては些末なことなのかもしれない。
街中では街路灯に用いられる2100Kほどのナトリウム灯と商店で用いられる5000~6000Kの電球型蛍光灯かLED電球を中心に利用されていた。そのためオレンジ色の道に真っ白な光の店が連なる光景をよく目にする。旧市街の古い街並みに白い光はどこかアンバランスで味気ない印象を受ける。しかし吊るされた電球型のこれらの照明は商品だけでなく周辺も明るく照らしており、夜間の賑やかさや安全面の光としての機能を担っているようにも感じた。
■まとめ
美しいイスラム建築や独特な音、においまで記憶に焼き付き、多くの旅人がモロッコに魅了される理由が分かる。強い日差しの中で生活する上で必然的な工夫が文化としてモロッコの土地に根付いており、自然光の多様な情景を作り出していた。夜景は新市街と旧市街で全く異なる表情を持っており、その混沌とした環境が異国情緒あふれるモロッコらしさともとれる。街全体が文化遺産となっているところも多く、今後も旧市街の良さはそのままに新旧を内包しながら照明環境も発展していくことを期待したい。(高橋翔作)
元の色が判別できない鮮魚
カサブランカのスーク
テラス席で雑談する人々