探偵ノート

第012号 – 技術の進化と、照明の役割変化2050

Update:

コーヒーブレーク: 面出さんと私
Interviewer: 三宅 博行

テーマ:『光の役割』

三宅 今日は、ちょっと長いスパンで「光の役割」について考えたいと思います。2050年TOKYO夜景展で行われた100人へのインタビューでは、照明器具の変化とか、輝く新素材とか、人々の明るさの好みが変わるとか、そういう既存のパラメーターについての未来予想がたくさん出ていました。しかし実はそれだけではなく、光の役割そのものが大きく変化すると僕は考えています。

2050
1998年11月に東京デザインセンターで
開催された「2050年Tokyo夜景展」ポスター
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面出 光の役割には大きく2つあって、形を認識したり文字を読んだりする視作業のための役割と、気持ちをよくしてくれたり、新たな感動を与えてくれる役割とがあるよね。

三宅 今後の技術革新やライフスタイルの変化で、視作業のための役割はどこかのタイミングで必要性が急激に薄れてゆくのではないでしょうか。簡単な例でいえば、パソコンのディスプレイで行われる仕事では、文字を読むためのタスクライトはなくても大丈夫です。

面出 照度基準値みたいな、光の量での評価は下火になり、価値判断の方法はどんどん進化していくだろうね。そうすると、照明器具の台数を今よりもっと減らすことができて、そのぶん一台一台の品質や機能をぐっと高めることが当たり前になってくるかもしれない。僕は2050年には主要な道から街路灯はなくなると言っているけれども、
どう考えてもアスファルトを照らす電気はもったいない。

三宅 流通量で考えれば、照明器具の大半は視作業のためのものだから、今設置されているような照明の多くは存在意義を失うかもしれませんね。他にもヘッドマウントディスプレイのように、眼前に直接情報を提示するシステムが民生用で普及すれば、表示やサインのための照明は必要性が薄れてだんだん減っていくでしょうし、大きくて明るい看板を作るよりも、ディスプレイ上に個別化したメディア広告を提示するほうが、高い訴求力が得られるようになりますよね。

面出 でも、三宅さんの予測する便利な未来は危うさも持っている。カットされたリンゴばかり食べてるから、ナイフが使えない大学生がいっぱいいる。鉛筆や筆を使わない生活なんて嫌だね。それから、昔からあるものはそれなりの必然性があるから、置き換えるのはそんなに簡単じゃない。例えば、いろんな情報がデジタル化されても、印刷された本はまだなくなっていない。

三宅 ペーパーレス化という提言は僕が小さい頃からあったけど、むしろ、紙の使用量は急増し続けてきたようです。それが2009年以降、ようやく微減に向かっているとか。もちろん経済状況の影響が大きいのですが、30年かけて徐々に社会が転換しつつあるのではないでしょうか。

面出 機器や技術の成熟はもちろん、使う人々の側も徐々に変化したり慣れたりしてきたのかもしれないね。

三宅 今は空想上の産物ですが、目を介さずに脳に直接情報を伝達するような技術にも、いつかはたどり着くかもしれません。そこまで行くと、何かの情報を得るための照明というのはその意義を失って、光は、その雰囲気や味わいを楽しみたい一部の人だけの趣味的なものになる可能性すらあります。是非はともかくとして、数十年というスパンの中では、そういう照明の根幹を揺るがすような変化が起きると思っています。

面出 「是非はともかく」、というのが気に入らないね。感覚が機械で代替されたり電脳化されたりして、自分は寝たままでバーチャルな世界旅行が味わえるようになったとしたって、そんなものはつまらない。光だって、灯火の暖かな雰囲気や、ほの明りの中に見る愛する人の美しさみたいに、技術云々の前に感じるべき情趣を失ってはいけない。

三宅 本質的にはそうだと思いますが、圧倒的に便利なものが出てきてしまえば、世の中の過半はそちらに流れてしまう可能性もあると思います。

面出 君たちの世代はどうも皆、やさしいというか、変化に無抵抗になっている印象があるね。新たな技術や文化に対しては特に、その是非をもっと議論して、各自の意志を表明する必要性が高まってきているんじゃないかな。

三宅 確かにそうかもしれません。新たな技術が出てきたときに、誰がどんな使い方をしていくのかについては、まずはなるべく抑制せずに結実を見てみたいと思うことが多いですね。僕は元々が、基礎科学の出身だというのも関係あるかもしれません。今後は技術の使い方について、新たな文化を創造できるか、また人々を幸せにできるか等、そういう観点についても積極的に発言していきたいと思います。

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