都市照明調査 ランタンフェスティバル チェンマイ、タイ
2023.11.25 – 11.29
Angkana Kongchatri (Tan)+村岡桃子
タイ北部に位置するチェンマイ。規模としてはバンコクに次ぐタイ第2の都市で、かつてのラナ王国の文化の名残を醸すゆったりとした空気の流れるまちに、バンコク出身のTan、東京出身の村岡の2名で調査に赴いた。
■はじめに
今回の調査の目的は、チェンマイの地で観光客の高い注目を集めるランタンフェスティバルの実際の様子を見てくることである。
お祭りの詳細は後述となるが、とにかくその情景のSNS 映えゆえに、観光要素として爆発的な人気を獲得したランタンフェスティバルは、オーバーツーリズムによる環境負荷や火事を筆頭とする事故が非常に大きな問題となってきた状況がある。
情報の発信と共有のスピードが、その規模を目まぐるしく拡張する時流の中で、各地固有の文化が、それまでには体験し得なかった課題に向き合う必要が出てきている。それは光にまつわる伝統文化においても避けられない事象である。単に見栄えのするものごとを消費するのではなく、派生する問題や時代の現り替わりにおいて求められる変化にも、着目していくことは重要であろう。
今回はチェンマイのランタンフェスティバルを訪れることを通して、その伝統的な価値と観光資源としてのあり方への理解を深めながら、同時に現地の人々にお話を伺う機会を積極的に設け、環境に対するケアやお祭り維持においての課題について、今後発展的な展開に結び付けられるような足掛かりを作ることを念頭に調査の計画を行った。 ( 村岡桃子)
■ お祭りの背景と内容
Loy Kom Yi-Peng ロイ コム イーペン Yi Peng は14 世紀のLanna( ラーンナー王朝) から続く伝統である。
お祭りの主要素;
1, Phang Pratheep = キャンドル点灯
祈りをささげる行為としてキャンドルを灯すことをPhang Prathee もしくは PhangPrathip と呼ぶ。“Phang”というのは焼き物の器のことであるが、その名が示すように、灯されるキャンドルは小さなカップのような焼き物の器に蝋が満たされたものである。
このキャンドルをともす行為は、身の回りのものすべてに対しての感謝や敬意を示すことの象徴とされ、同時にキャンドルライトが知恵を授けてくれるとも考えられている。この光は人生を導いてくれる光で、ゆえに前進につながることと考えられている。
2, Light the fireworks 花火
多くの寺院でのYi Peng の伝統において、祈りをささげる行為の象徴として花火が打ち上げられる。子どもたちの愉しみのためという側面があり、陰暦12 月の満月の夜に行われる。
Yi Peng の時期において、花火の火花が人生を明るく照らしてくれる助けになると捉えられている。
3, Releasing Kites ( 凧あげ )
4 つのタイプの”Kom” ( ランタン) があるが、ここでは”Kom Loy”( 空に放つランタン)のみを説明する。
ラーンナーの言葉で、“Kite”は紙で作られたバルーンのようなものを意味し、タイの標準語ではそれを”Kom Loy”( コム ローイ) と発音する。ラーンナーの文化においてYi Pengの期間に、凧に火をつける、もしくはランタンを放つことは、天国のPhra That Ket KaewChulamanee という寺院へ祈りをささげること信じられていた。それと同時に、空にランタンを放つことは悪い運気や悲しみを解き放ち、人生でのよくないことを手放す、ということとされている。
Yi Peng の期間には、2 種類のランタンが放たれる;- Hom Kites ( エアバルーンのようなもの)
カラフルな色の紙で作られたランタンで、暖められた空気を内包して空に放たれる。形状も多様であり得るが、四角か丸型のものが多く、基本的には日中に放たれる。
- Kom Loy ( ランタン) 夜間に空に放たれる。Hom Kites に比べると軽く作られており、ランタンの中心に熱源が括り付けられており、ランタンと共に空に打ちあがる。近年はトイレットペーパーを蝋に浸したものを熱源にすることが多い。 (Angkana Kongchatri )
■チェンマイ まちの特徴
180 万の人口を擁するチェンマイは、タイで2 番目に大きな都市である。 タイ北部に位置し、バンコクやその他のタイの大都市に比べるとのんびりとした気風の感じられる土地柄で、人々もとても優しく寛容である。主要産業のひとつは農業であり、バンコクやプーケットに比べると都市的な開発はさほどされておらず、高層の建築物がない。山に囲まれた環境の中に歴史的なお寺が各所に点在しており、豊かな自然環境の中で、芸術や工芸など地域特有の文化を供えながら現代的な快適さも併せ持つ、魅力的なまちである。
旧市街を縁取る城壁は観光の要所でもあるが、週末は城壁内で夜市が開催される。夕方五時頃から屋台が出始め夜11 時ごろまで営業する屋台では、手軽に美味しい食べ物が手に入る。城壁の東側のTapae Gate は中でも重要な門となるが、世界第二次大戦時に破壊されてしまった城壁の意匠(1296 年建設)の復元が1980 年代になされ、かつての風景を今日も目にすることができるようになった。(Tan)
■ 旧市街 ナイトマーケット
ランナー王朝時に築かれた城壁は、歴史の厚みを感じさせる佇まいで旧市街の輪郭を表出させている。メインゲートといわれるTha PhaeGate から続く真西に向かって開ける通りは隙間なく露店が連なり、左右に中庭がつながる箇所は、エアポケットのように人が滞留しやすいスペースになっており、飲食空間として着座してのんびりできるスペースとなっている。 通りを埋めつくす露店屋台は、売り物によって光色を変えた照明が各所に取り付けられており、LED 時代ならではの細やかな光の配置が見て取れる。LED 到来前に夜市がどのような風景であったのか興味が尽きない。露店群は人の背丈から腰高までの間が非常に高照度となり、ヒューマンスケールなタスクライトで満たされた連なりとなる。結果、人の表情が非常によく見える照明環境となり、夜市の賑わいをより引き立たせている。また通りの端には寝椅子のようなものが数多く並べられ、薄暗がりの中でフットマッサージを受けくつろぐ人々がいる。
このように公共空間をプライベートスペースの延長として使いこなせるまちは、きっと居心地の良いまちであろう。寛ぎ、賑わい、そこにいる人々が、公共空間は私的空間でもあるように過ごしているのを目にし、とても満たされた気持ちになった。 ( 村岡)
■ Yi peng イーペン
かつては市内でも行われていたとの話であるが、火災や残骸の放置諸問題により、今は市内中心から車で30 分程度かかる地点に開催場所が設定されている。禁止とされているものの、市内中心部でも、スカイランタンは散見される状況ではある。( 通報されれば罰金)
私たちはその指定開催場所とされる中で、地元の人の割合が多いと想定される○○のある池のほとりにて祭りを調査することとした。日暮れに向けて人出は多くなり、手に手にランタンをもっている。話している言語から観光客が大半であることがわかる。
当初は市長が来訪するタイミングが祭りのピークとなり、カウントダウンなどがあるものと思われたものの、結果的に特にプログラムは設定されてはおらず、三々五々脈絡なくランタンがあげられる光景を目にすることとなった。
夕暮れ前には、がなり立てるDJ の声を浴びながらランタンを宙に浮いた輪っかに通す遊びなどが行われており、水辺に隣接する場所においては屋台やコンサート会場などが設置され、それらは非常に高照度でグレアの多い光環境であった。人の出は非常に賑やかであった。
”映え”のために巨大化したランタンは、熱気を溜めるにも5 分程度は時間がかかり、一斉に飛ばそうにも中々タイミングがそろわないであろうことがわかる。ただ、裸火に照らされる表情や大きな発光体を掲げる風景が非日常性の高い”映え”の瞬間でもあり、とにかく撮影会がいたるところで繰り広げられる。
放たれたランタンのいくつかは木に掛かりあっという間にゴミになる光景を目の当たりにし、火事のリスクの現実味を肌で感じることとなった。その写真映えに端を発して徐々に大きくなり、それを浮かせるために燃料が大きくなったイーペンは、結果飛距離も伸びていき、ゴミとなったランタンが着弾するリスクを負うエリアも拡張されたとの話で、私たちの滞在時にも火災のニュースを耳にすることとなった。
揺らぐ炎を拡散幕に内包する大きなヴォリュームは確かに美しい。夕暮れ時に舞い上がるランタンは、ブルーモーメントの空にシルエットとなる山並みを背負って、目を見張る光景を一瞬そこに立ち表す。ただ、がなり立てる音響と手持ち花火の騒音が絶え間ない環境の中、その光景はまさに一瞬で立ち消え、足元には無数のランタンの残骸が積み重なる。それは何かとてもむなしい気分にさせられる情景であったのだ。 ( 村岡)
■ Loy Krathong ロイ クラトーン
ロイ クラトーンというのは、タイ全域と近隣諸国( ラオス、ミャンマーカンボジアなど) でも祝われる、水や川に対しての感謝と祈りをささげるお祭りである。空に放つLoy Khom YiPeng よりも幅広く、一般的に行われている。
陰暦の12 月の満月の夜に行われるこのお祭りは、現在の暦で言うと11 月に執り行われ、チェンマイにおいては3 日間開催される。日没とともに、人々は自身の”Krathong”(クラトーン)を水辺に持ち寄り、桟橋から水面にそれぞれの”Krathong”を放つ。”Krathong”にはキャンドルが据え付けられ、水に放たれた”Krathong”は人々の祈りと共に明かりを揺蕩わせながら川の流れとともに遠ざかっていく。その情景は静かで落ち着いた心持にさせてくれる。しかし、”Krathong”のその後の行きつく先を思うとあまり前向きな気持ちにはなれない。
”Krathong”は一般的にバナナの茎や葉で設えられているが、装飾的な部分において紙やプラスチック、樹脂やとがった針などが使用されている。近年環境負荷軽減への意識が高まっていることから、大部分が自然分解可能な素材、もしくは魚のえさになり得るであろうパン、ココナッツの殻、花々などで作られた”Krathong”が大多数を占める。しかしすべてのものが自然に取り込まれるわけではなく、また放たれる”Krathong”の数も非常に多い。近年は、空に放つランタンと同じように”Krathong”も海外からの観光客の耳目を集めていることで、観光による環境破壊が拡大している。大量に放たれた”Krathong”の清掃も地域行政に非常に大きな負荷をかけている状況である。 (Tan)
■お祭り以外のチェンマイの夜景
今回高所からは2 地点で撮影を行った。
一つ目、Wat Phra That Doi Suthep。チェンマイ市内を見下ろす山の頂上近くにある寺院は、参拝のみならず夜景スポットでもあるようで、日没の時間を楽しむ人も多く見受けられた。市内では旧市街の輪郭として非常に強い存在感を醸す城壁は、ほとんど夜景としては視認できず、川沿いの風景も夜に完全に溶け込んでいる。全体としては暗めであり、連続的に明るく表出するのは交通量のある車道のみである。
夜間も参拝者が多く訪れるWat Phra 境内においては、広配光高出力のフラッドライトが一帯を均質に照らし、要所にはイルミネーションも施されている。陰影の味わいではなく、安全かつ明瞭に物体が視認できることに優先度を高く置いていると見受けられる。
このWat Phra That Doi Suthep のみならず、観光名所でもある寺院群は、少し距離のある所から高出力のフラッドライトで寺院外観を照らす状況が多く見受けられた。夜間も人の往来の多い境内においては、ある種合理的といえる照明環境なのかもしれないが、日中にみられる意匠の美しさや寺院内の趣はそがれてしまっているように感じた。
高所撮影としてのもう一つの地点は川沿いに立つホテルの16 階屋上のオープンエアのバーを選んだ。チェンマイは高層のビルが少ない上、上階から街を見下ろす視点を持つ建物は非常に少ない。城壁や山並み、他方に川辺を望める地点からの風景であるが、夜景としてのランドマークの不在が、いい意味でまちの素朴さを保つことに寄与していると感じた。
地上レベルにおいては、道路面の高照度と均斉度の高さが非常に特徴的であった。旧市街城壁は日常的な夜景資産としてとらえられてはいないようであったが、今回のランタンフェスティバルの核となる日においては、キャンドルがまちの人々によって捧げられていた( 残念ながら写真記録できず)。チェンマイは夜においても、リラックスして出歩くことのできるまちである。城壁や水辺などは景観照明の対象としては見なされていないようで、現状ほぼ手付かずであったが、寺院のみならず、これらの風景資産も夜景創世の観点から手を加えることで、まちの固有性をより引き立てながら、夜の外出をより風景として印象付けられる場所になるのではないだろうか。(村岡)
■ 昼間のマーケットでの風景
Supermarket では売り物によって光色が違うことが一般的であるが、屋外マーケットの昼光下において同様のことがパラソルの色味によってデザインされていることに驚いた!
肉類を扱うお店は赤のパラソル、魚介を扱うお店は青のパラソル。どのお店もこの法則に違わない配置であり、このパターンに気づけは遠目にも何を売るお店なのかがわかるということになる。
光についての共有知とマーケットの風景の関連についての新しい気づき。(村岡)
■ Interview
Yi Peng にまつわる問題や状況について、チェンマイを拠点とする建築化であるNet 氏とチュラロコーン大学で都市計画の博士課程に在籍するPoon 氏のお二方にインタビューを行った。
Mr. Net:
Net 氏からは、チェンマイが抱えるオーバーツーリズムの問題を中心にお話を伺った。YiPeng は、かつては地元民のみのお祭りであり、その時にはランタンの数も限定的( 複数人で一つ打ち上げるようなものであった)であることから、環境汚染やごみの問題も生じていなかったという。しかし、お祭りが広く知られるようになったことから、地元での参加者も増え、海外旅行者も多く訪れるようなものへ変化を遂げた。チェンマイへの移住者も増え、年間にチェンマイを訪れる観光客は1000 万人にも達する状況となる。チェンマイが抱えるオーバーツーリズムについての問題は適切に処理をされておらず、お祭りや地元文化に対しての適切な情報提供もできていない状況である。
チェンマイにおける様々なマスタープランは地元の状況や文化を深く理解した人が作成したものではなく、外部から授けられるような形式のものとなってしまっている。Yi Peng に関してNet 氏は、ランタンを放つエリアを限定すること、観光税を設け観光による負荷に対しての都市開発やインフラ整備を行うこと、観光をより適切にコントロールすることが必要であると考えている。
Ms. Poon:
Poon 氏は、照明マスタープランの観点からチェンマイを対象地として調査と研究を進めてきた。チェンマイは、一般的な都市照明に関しての政策が設けられておらず、景観整備も十分に注意を払われていない状況である。安全のための照明や都市の拡張のための明かりに重点が置かれ、チェンマイの景観資産といえる要素に対しての照明は施されていない。
チェンマイは700 年の歴史を持つ古都でLanna 王朝とSiam の文化が感じられる要素がまちの中に多く存在し、中心から離れた地域においても魅力を備えた都市である。それにもかかわらず、現状の照明環境整備においては、それらの魅力を引き出せていない状況である。
Poon 氏はユネスコ世界遺産でもあるイギリスのバースを例に挙げながら、チェンマイの夜景整備が持つ可能性の大きさについて語った。 Loy Khom ランタンフェスティバルも管理が行き届いておらず、ひどい渋滞やごみ問題、環境汚染などを引き起こしているため、地域行政が景観整備のために果たすべき役割は非常に大きいだろう、との話があった。同時に照明や夜景整備に対して、優先度が低くとらえられているという状況であるとの話であった。
■まとめ
お祭りは本来地域固有のものであり、それが観光資源として位置づけられたときに、そもそもの意味や役割は大きく変わることを余儀なくされる。チェンマイで目にしたことは、文化がストーリから離れて消費される様と、環境に対しての過大な負荷の具体であった。一方で、地元の方々であろう人たちが、真剣に祈りを捧げながらランタンを放つ様はとても胸に迫り、家族の思い出としても刻まれる場面であろうことが強く印象に残った。
まずはお祭りの文化的背景と本来のあり方を広く共有すること、そこを始点として観光客のお祭りへの関わり方を変えてもらうことができるのではないか。
チェンマイは歴史的資産も多く、安全で、とても居心地の良いまちである。今のチェンマイの良さをより引き立てるランタンフェスティバルと夜間照明環境へ、着実な歩みがあることを切に願う。(村岡)
タイ出身であるものの、今回の調査前にYiPeng へ抱いていたイメージは限定的で、SNS等で目にする無数のランタンが空に放たれているようなきれいな風景がきっとそこにはあるのだろうな、いつか行ってみたいな、というようなものであった。お祭りの文化的な背景については、タイ国内においてもあまり知られていないと感じた。
Yi Peng に抱いていた印象は、今回の調査の後に完全に変わったことを実感している。お祭りに対しての文化的な理解、尊敬を払うことなしに、人々がランタンを放つ風景を、恥じ入るような気持ちで目にしていた。私たちは、外国人観光客が単に目を引く写真を撮るためだけの目的で無数のランタンを空に放ち続ける光景を目撃した。
Yi Peng は、地元の人々にとって重要であり、意味深く、大事に守っていきたいものである。もしYi Peng を地域経済のための観光政策にもしたいのであれば、地域政府は現状が抱える問題点と向き合い、地域文化への尊重と経済性が両立できる構想と都市計画、規制を整える必要がある。そこには夜間景観デザインや観光客に対してのお祭りの文化的背景と問題点の周知も必要であろう。それらが適切になされれば、現状の多くの問題点や環境や地元の暮らしに対する悪影響も解決でき、あるべきかたちでのYi
Peng としていけるのではないか。(Tan)