探偵ノート

第85号 – 自動販売機と仲良しなの・・・・・

Update:

この内容は2001年12月に面出が寄稿した『如月小春は広場だった』(新宿書房)からの抜粋です。

その頃の私は、自分の考えがどうもフラフラしていると思うこと、しばしばだった。良いのか悪いのか、好きなのか嫌いなのか、そういうことにきっぱりと結論を持たないままに話を進めてしまう癖があった。要するに相手の顔色を窺いながら話をする優柔不断な性格。日本人の一般的な姿と言ってしまえばその通りだが、デザイナーと言う職業が多分にそうさせていると思われる。私達照明デザイナーは多くの方々の我儘に耳を傾けながら、矛盾する条件をうまく処理してパズルを解く・・・という仕事だからだ。

そんな私の弱点を強く反省させられたのは、如月小春に出会ってからである。如月小春はその頃の私と全く好対照に、鮮やかな切り口をもって現代都市の光を語ったのである。「私、光り輝く自販機が大好き」。1996年の秋に私たちが企画開催した照明探偵団連続実践講座に登場いただいたときの彼女の第一声だ。「自販機は街のいたるところでのさばっているように見えて実は受身なの。私たち人間が近づいて、こちらからアクセスしないと自分からは何にも出来ない。彼らは自分がどうしてよいのか解らない、その空白感が都会の日本人を思わせる。皆が群れているのに孤独なの・・・」と続けた。

その頃私は都市を我が物顔で謳歌し24時間煌々と光り輝く自動販売機を、20世紀の大罪人と呼んでよいものかどうかを躊躇していた。私は彼女に自販機の社会的犯罪性の根拠をか細い声で語ったが、機先を制されてて勝機がなかった。こちらから喧嘩を仕掛けるには初めから迫力が違っていたと言っていい。そもそも彼女をこの連続講座のゲストにお招きした時に、「あっ、私、自販機のテーマがいいな」という反応が直ぐに返ってきた。それもそのはず、彼女の学生時代に書いた戯曲「Another」は街角の自販機をテーマにしていたのだ。

私は1990年に実践的照明文化研究会「照明探偵団」を命名した時から、身近に輝く自販機を「世紀末の辻行灯」と面白がって呼びながらも、その猛威におびえていた。「自販機は現代商業主義の罠。孤独な都会人を慰めるふりをして金儲け。街角のタバコ屋のおばあさんとの会話を奪った重罪人」と呼び捨てていた。しかし如月小春が破格の博愛主義者なのか、私の心が痩せ細っていたのか、対談を挑みながらも、既にたじろいでいた。

彼女の潔い視点は自販機に留まらず、超高層ビルのスカイラインを異様に演出する無数の赤い光、航空障害灯の群れにまで及んだ。日本の法規では高度60mを超える高層ビルには航空機との接触を回避するために赤色光が取りつかねばならないルールになっている。しかもそれが超高層になるとチラチラと点滅を繰りかえさなければならない(この法規は少しは緩和されては来たけれど・・・)何処の誰に聞いても一般的には、「あの赤い光の点滅にはイライラする」「とっても迷惑だ」「下品だよね」というのが当たり前。しかし私は陰ながら、あのひとむら燃えた夜の曼珠沙華のような航空障害灯が嫌いでなかった。疲れきった一日の終わり、深夜の銀座や新宿や天王洲方面を眺めていると、都市のエネルギーが闇に飛び火したように見えてくる。その不規則に点滅を繰り返す様をぼんやり見ていると、そこに生息するたくさんの疲れた人たちの鼓動や寝息のリズムのようにも思えて、無数の赤色の光が命のかけらに見えたりもする。何とアーティスティックな情景だろう。

如月小春は、それを中央線吉祥寺方面から眺めていたらしい。夜明け前に見る静かな都心の風景。新宿副都心の超高層ビルの山並みを縁取るように点滅する航空障害灯を見ているとワクワクすると言う。「孤独な自販機が私のお友達」とするのと同じメンタリティで、誰もが嫌がる航空障害灯の派手な赤を既に仲間として迎え入れている。もしかすると如月小春は社会の嫌われ者、社会的弱者の救世主ではないのか。自販機も航空障害灯も良しとした潔さは、彼女の寂しさ、優しさ、社会に対する労わりの言葉だったのだろうか。

私はそれまでの○とも×とも言い切らない自分の態度を改めようと誓った。デザイナーという職能にも潔さと優しさが求められてしかるべきだ。その時から、「とりあえず一生懸命考えて、しかも自分の印象に逆らわず、○×をはっきりしよう」とした。それでなければ有益な議論になろうはずもない。

光/あかり/照明、は如月小春にとって重要なテーマだったに違いない。都市の明かりについて熱っぽく語る彼女の姿にそれを確信する。敢えて今、あらためて如月小春に反論しよう。増殖する自販機も、真っ赤な航空障害灯も、不夜城のコンビニも、君たちは皆20世紀の犯罪者だ。私たちはいつまでも孤独な自販機と仲良く暮らせるはずもない。21世紀に君たちは更に洗練した姿に生まれ変わるだろう。さて、如月小春の想像もしなかったその勇姿が、都市の姿と私たちの生活を何処まで革新する力になるのだろうか。自販機と仲良しになれる日が来るのだろうか。

おすすめの投稿