探偵ノート

第81号 –映画に学ぶ照明デザイン①「ディーバ」

Update:

25年ほど前にHousing雑誌に連載していた原稿が見つかった。

雑誌名や発行年月日などがはっきりしないが、「From Screen/このインテリア、真似したい!」というタイトルがついたシリーズで、私が映画の一場面に登場する光の情景を切り取って、解説している。今読んでも面白いので2編ほど選んで抜粋で紹介する。

私はそもそもたくさん映画を観る人ではなかったが、この連載コラムを引き受けてから心して映画館に通うようにした。映画はやはり映画館で。学ぶことは際限なくある。

「ディーバ」

青の光と陰に包まれたパリのアパルトマン

 広々したロフトを改装した住宅の一場面。壁に丸く形取られたネオンが輝いている。窓から差し込む朝陽は、長い帯状の床に窓格子の影を落としている。そのリズミカルな光と陰の先に真っ白なホウロウの浴槽がぽつんと置かれている。謎の男はゆったりと湯気の立つ朝湯に浸かりながら葉巻を吹かしている。そこへ、ベトナムの少女が帰ってくる。

 「今度こんなことをしたら、ベトナムに帰すからな」男は静かに言う。「怒らないで、いい気分なんだから」「待ってて」「…」。間もなくディーバの天使のような歌声がロフトいっぱいに響き渡る。男は驚きの表情を隠せない。加えた葉巻を口から外し「ラ・ワイ、第1幕、シンシア・ホーキンス。何処で手に入れた。レコードはない筈だぞ」。少女は、「アッアー」と自慢そうに微笑みながら、健康そうな片足を浴槽に掛けるのだった。

 この恵まれた陽光を浴びながらの入浴場面が、何と言っても「ディーバ」に散りばめられた美しい映像の代表選手だ。実に繊細な光と陰に満ちていいる。パリの住人が如何に自然光を愛おしんでいるかがよく解る。室内にいながら十分な陽光で入浴。そして天使のような歌声…ああ、何と贅沢な朝だろうか。

 この傑出した場面の光を注意深く観察しよう。この幸せな空間の気配は、青い影と揺らめく光の反射によって作られている。強い光と影のコントラストを好む欧風のインテリアは、決まって陰の中に何らかの色彩を持たせている。特にこの場面の壮快な朝の陽射しは、うっすらと青く色づく影によって、その純粋さを増している。また、青い影と対比してキラキラと舞い上がる光の粒子を感じるのは、浴槽の湯に差し込む光が男の頭に反射しているせいである。(中略)

 これと対照的なのが、郵便配達の青年ジュールが絶世のオペラ歌手シンシアとチュイルリー公園を散歩する場面だ。いかにも不釣り合いな二人が、噴水の前の椅子に腰かけている。徐々に二人の間が詰まってくる。ジュールが肩に手を回す。気が付いたシンシアが優しく微笑む。言葉はないが悲しく儚い恋であることは皆が知っている。公園に強い日差しもないのに、シンシアは白い陽傘を決して放さない。あのどんよりしたパリの天空光と白い陽傘が憎らしい。パリの自然光は時に激しく、時に憂鬱な恋の芽生えを知らせている。

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