発行日:2017年12月5日
・照明探偵団倶楽部活動1/世界都市照明調査 in Mumbai (2017/10/02-10/07)
・照明探偵団倶楽部活動2/国内調査:鹿児島 (2017/10/25-10/27)
・照明探偵団倶楽部活動3/照明探偵団 上野公園に現るvol.2 (2017/10/16,11/13-11/14)
世界都市照明調査 in Mumbai
2017/10/02-10/07 山本幹根 + 畢雲
インド最大の経済都市であるムンバイの調査を行った。場所はインドの西海岸に位置し、かつてはボンベイと言われていた都市である。2004年に調査を行って以来、2度目の調査となる。前回の調査からどれだけ建築や照明が発展を遂げているのか、また、ムンバイの新都市として開発されたナミムンバイ(新ボンベイ)との比較を目的として調査を行った。
駅前の建物。オレンジ色の光で建物を丁寧にライトアップしていた。手前の銅像は、白色で照らされていた。奥行き感があり象徴的な印象。
上の建物の照明の納まり。少し雑だが正面から見たときに眩しくないよう器具にフードが設置されている。
日没後のムンバイ空港に到着し、ホテルに向かう途中のタクシーの中からは、車道用の街路灯が道を照らすのみで、その背景として見えてくる都市は暗く沈んで見えた。中国のように発展していれば、建築のライトアップなど目立つ建物が見えてくると期待していたが、ライトアップされている建築は全く無かった。市内に入っても状況は変わらず、街路灯の灯りが周辺の建物にかかって、少し建物の表情が見える程度であった。中心部に入ると、クラクションの音がひっきりなしに飛び交っている。ゆっくりと進むタクシーの中からは、車道で何かをしている人々が大勢おり、不思議な雰囲気が漂っていた。東南アジアの雰囲気のような照明の灯りに引き付けられるようなエネルギッシュな感じではなく、街路灯の薄暗い灯りを頼りに、大勢の人々が何かをしている様子がとても印象的であった。前回の調査からあまり変化が無く、発展している感じを受けなかった。
■ランドマークの光
ムンバイには幾つかのランドマークとしての建築がある。1911年に英国王の来印を記念して建てられたインド門。その前にある世界有数のタージ・マハル・ホテル。コロニアル建築を代表し、2004年に世界遺産に登録されたチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅。イスラム教徒の聖地であるハッジ・アリー廟の調査を行った。
街の灯りは街路灯のみで、建物のライトアップは殆ど無く、窓明かりが漏れてくるだけの寂しい印象であるが、ランドマークとなっている建築はしっかりとライトアップされ夜の街を特徴付けていた。照明器具もLEDが使用されインド門ではオレンジ色の光、駅ではカラーを使用して動きのある演出をしていた。駅の前には、植民地時代の面影を残す建物があり、そこの照明は丁寧に演出されグレアをカットするためのフードなどしっかりとデザインされていた。
海の上に浮かぶハッジ・アリー廟では、水銀灯のフラッドライトで簡単なライトアップを行っており、それ自体は特に印象的ではないが、海の中を通る参道はナトリウムで照らされ、色温度の違いによりフォーカルポイントを演出していた。また、背景として暗く沈んだ海とあまり明る過ぎない都市の夜景も大切な要素だと感じた。夕方には沈む夕日を見ることができ、徐々に夜に移り変わる風景はとても美しい。
1887年に建てられたチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅。2004年に世界遺産に登録。昼間の外観は重厚感があり細部までデザインされた建築だが、夜になるとカラーライティングに彩られテーマパークのよう。
インド門の外観は、オレンジ色のフラッドライトで門全体を均一に照らしていた。門の中は天井を照らす白色のスポットが設置されていた。
ハッジ・アリー廟の外観。海に浮かぶ廟には、夜も大勢の人が集まり賑わっていた。水銀灯のフラッドライトでライトアップされていた。
ハッジ・アリー廟の参道。海の中を通る参道はナトリウム灯、奥の廟は水銀灯で照らされていた。
■明るさ感のない街
マリーン・ドライブと呼ばれる湾岸道路では、夕方頃になると人々が集まり市民の憩いの場となっている。護岸沿いの歩道幅は13mと広く、散歩をしている人や美しい夕焼け空を楽しむ人、カップルなど様々な人がいた。歩道と車道を合わせると50m程度の幅の道路には、車道専用のポール灯(H=12m)が約40mピッチで設置されていた。灯具は4灯用となっておりLEDが使用されていた。歩道灯は設置されていなかった。主要な道路であるため、車道の照度は25~70lux程度、色温度は4000Kとなっていた。周辺の道路20~30lux程度と比較すると明るい印象の道路だ。歩道の照度は5~15lux程度で、暗いところの鉛直面照度は10lux以下で人の顔はうっすらと分かる程度である。歩道と車道の間には樹木が植えられており、明るい車道に対して心地の良い暗さであった。
ムンバデーヴィー寺院周辺では、市場が幅9mほどの車道に店を出し賑わっていた。一見歩行者天国のように見えるが、車やバイクの往来が激しく、クラクションが絶え間なく鳴り響く。街路灯はナトリウムランプを使用したポール灯が7mピッチで千鳥に配置され、照度は10~30lux程度だ。照明は特に設置していない店が多く、街路灯からの明かりのみで営業していた。薄暗く何を売っているのかも分からないような店もある。少数ではあったが商品が見えるように蛍光灯や裸電球を使って商品を照らしている店もあった。
ムンバイの街路は、基本的には街路灯のみで構成され、サイン照明もなく、路面店は夜には閉店している。鉛直面の明るさが全くなく、明るさ感や賑やかさは全く感じられない。夜の賑やかさは、人が大勢集まっていることも大切だが、光も重要な要素だと感じた。(山本幹根)
マリーン・ドライブの歩道。夕日や月明かりがとても綺麗に見えた。
ムンバデーヴィー寺院周辺のバザール。街路灯の下で店をだす人々。
街路灯の灯りのみで、サイン照明や店の照明は殆ど見られない。
■機能照明が耀く
ムンバイでは、照明は主に機能を満たすだけで、夜景として楽しむ文化はまだないように感じた。暗いから電気をつけるというように、機能的に必要な照明ばかりだ。
街路灯は午後6時30分になったら、全部点灯するように時間制御されているようだ。その時間帯はムンバイの日没時間だ。それから徐々に暗くなっていく。路面照度は10~30 luxだった。
室内も同じだ。ファサード照明が鮮やかなチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅のホームは、全幅80m、長さ250mの長い大屋根で構成されていた。大屋根には天窓があり、昼光を利用し、室内の明るさを維持していた。
照明は大屋根に設置された広角ハイパワーなLED照明だった。梁の高さに合わせ、8m~9m程度の高さ、前後左右8mピッチ、グリッド状に設置されていた。夜、ホーム内の色温度は6300Kで、照度は均一度が高く200 lux程度だ。デジタル時刻表や、時間表示などのサインは分かりやすく、内照式になっていたが、高い色温度と金属フレームむき出しの構造、それにデジタルサインを加え、どこか人間味がない。
明るいチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅のホーム
大屋根で構成される駅ホーム
■ムンバイとナミムンバイ
ムンバイの街の構成は複雑だった。高層と低層のビルがが乱立し、暗いエリアと明るいエリアも混在していた。それに対し、ナミムンバイは新たに建設された計画都市で、都市の北部にはオフィスや工場が多く、南部には住宅や公園、スタジアムなどの公共施設が計画されていた。道の縦横列がはっきりしており、街の構成も分かりやすい。
夜景の観点からみると、建物本体を見せるため鉛直照明はないに等しく、街の特徴や雰囲気を夜に示すことができていない。ムンバイでは、高層ビルやランドマークになるような建築物は次々と建設されていくが、夜になると、暗い中で影となり、非常に勿体ないと感じたと同時に、これから成長改善する余地はまだまだあると確信した。(畢雲)
国内調査:鹿児島
2017/10/25-10/27 池田俊一+荒木友里
桜島に代表される鹿児島市は自然と市街地が一体となった雄大な景観を形成する街であり観光名所である。桜島への眺望、歴史的建造物など日本の近代化資産、傾斜緑地を背景とした市街地景観など鹿児島市ならではの景観を持つ。桜島を主軸とした景観形成が重要視されるこのエリアではどのような光環境になっているのか現地を調査した。
鹿児島空港から市街地中心部へは車でおよそ1時間かかる。晴れ渡る空、豊な水と緑、そして煙があがる雄大な桜島を車窓から眺めながらのドライブはとても気持ちが良くて気分を高揚させた。市街地に到着すると、まずは西郷隆盛像から少し歩いたところにある市役所を訪れて都市景観計画についてリサーチすることから始めた。それから中心地を走る各主要道路と公園、歴史文化エリア、商業エリア諸々を調べて照明環境の調査に向けて準備を開始した。
同じ展望台から見た鹿児島中央駅方面の夜景。カラーライティングやビルの広告塔がある。
■鹿児島の夜景
ぽつぽつと街路灯が点灯し始めた頃、徐々に夜の活気を帯びてくる街とは反対に桜島は次第に暗闇に吸い込まれるように沈んでしまった。地域の誇りであり古くから信仰されてきた山々なので、商業的なライトアップがされることに期待していなかったが、暗闇に消えていく桜島を見ていると観光資源である夜間景観としてはやはりもったいなさを感じてしまう。
じっくりと観察していると目の前に広がる市街地には目立つカラーライティングやビルの広告塔がほとんどないことに気が付いた。洗練された眺望を保つために夜間照明について明らかに配慮がされているように思える。なぜならこの展望台の視角外に位置する中央駅周辺には派手なライトアップを施した観覧車や商業ビルが立ち並んでいるからだ。
道路照明の色温度を示したマップ
■鹿児島市中心部の道路照明
中心市街地の道路照明は基本的にはオーソドックスな下方向に光を飛ばすセミカットタイプ、路面電車が併走する道路では全方向に照射するボールタイプ、歴史的建造物がある通りではガス灯風の意匠的な街路灯など、通りごとに使い分けをされている。錦江湾のすぐそばを通る鹿児島港線の街路灯では旧薩摩藩領主の島津家の家紋(丸に十文字)や港や波、蟹のマークがあしらわれた薩摩らしさを感じるデザインも見られた。
街の道路照明の光環境はというと高圧ナトリウムランプのオレンジ色の光、メタルハライドランプの白色光(4200K~)が街路灯として全体的に多く使われており、一部の通りとガス灯風な街路灯にのみLEDが使われている。多くの細い路地にある外灯(電柱に灯具のみ設置されたもの)は白色(5000K)のLEDに置き換わっていて眩しさを感じるものが多い。全体的にはここでは道路照明のLED化はあまりされていないようである。
国道255号線の商業エリアでは派手なファサード照明もある。
賑わいがある夜の天文館のアーケード前
にぎやかな繁華街。緑色に発光する看板がとても目立つ。
中央駅前の樹木は緑色でアップライトされていた。
■照度に依存しないナポリ通りの道路照明
中央駅から錦江湾に伸びるナポリ通り・パース通りは近年再整備されたエリアである。
ここでは車道用照明はなく、約15メートル間隔で歩道に立つ高さ4メートルのポール灯と中央分離帯のクスノキのライトアップだけが施されている。樹木用の照明には2400K、3800K、4200K程度の異なる3種類の色温度の照明をクスノキの葉と幹に対して意図的に照らし分けている。道路面の照度は2から4ルクス、ポール灯のそばで11から22ルクス程度で数値的には大通りとしては明るいというわけではないが、ライトアップされたクスノキが通りをダイナミックに彩りつつ明るさ感も与えている。(池田)
煌々とライトアップされたクスノキが印象的なナポリ通り。
異なる色温度が使用されている。
鹿児島中央駅前は商業施設が立ち並んで活気がある。
みなと大通り公園の断面スケッチ
■大通り公園
市役所と桜島を結んだ軸線上に位置するのがみなと大通り公園である。18メートルほどの幅があり、海岸の通りまでなんと350メートルあり芝生の道のようになっている。
公園の両端に沿って、デザインの統一された二種類の街路灯が並ぶ。グローブ型の灯具がついており、路面電車線路のポール灯との関連性をうかがわせる。歩道の照度は2~3ルクス、車道は4~6lルクスという決して明るくない数値だが、街路灯の輝度や、公園の開けた先に位置するライトアップされた市役所のおかげで決して暗さを感じさせず、心地よい光環境になっていた。
しかし、調査を行ったのは20時半頃であるにもかかわらず、公園やその周辺には人影がほとんどなく寂しい様子であった。繁華街や住宅街から離れているという立地的要因もあると思われるが、夜間にも人々を呼び込める要素が何かあれば、この公園の昼夜問わず居心地の良い空間の魅力に気づいてもらえるのではないかと感じた。
■西郷隆盛像のライトアップ
鹿児島で有名なフォトスポットといえば、西郷隆盛像だろう。日中の調査時には、ひっきりなしに観光客が訪れ写真撮影を行っていた。豊かな緑を背景に高さ8メートルの大きな銅像ははとても立派に見える。一方で、夜の西郷さんは少し残念だった。周りの樹木は白色の投光器で鮮やかに照らされているが、その中央に立つ電球色で照らされた銅像は色がくすんで見えてしまっているからだ。夜でも人気のフォトスポットであるために、樹木と銅像を照らす灯光器の色温度を交換するなどしてより銅像と緑両方美しくみせる照明の工夫が必要かもしれない。
ライトアップが施された中央公民館
西郷隆盛銅像は電球色の光でとても明るく照らされている。
桜島の道路には道路照明がほとんどない。
■桜島から望む鹿児島の夜景
桜島にはいくつかの展望台があるが、今回の調査では島の西側に位置する湯之平展望台へ向かった。先の城山展望台からは錦江湾をはさんで直線6キロメートル程に位置している。港の照明には一定の明るさとする決まりがあるのだろう、港にはまぶしい白色の光があつまるが、やはり城山展望台のあたりは電球色の暖かい光が多くを占めているようだ。反対に、鹿児島中央駅のまわりにはカラーライティングを施された観覧車や、マンションの白い光が目立つ。桜島にはほとんど街路灯がないため日没後になるとあっという間に周囲は真っ暗になってしまったが、市街地へ向かうフェリー乗り場のあたりは賑わっており、生活の要となっていることがわかる。日中の調査時には退避壕のそばには街路灯が設置されていることも確認できた。(荒木)
湯乃平展望台から見た桜島
浅い角度の夕日による建物の影
■調査を終えて
鹿児島は展望台からの桜島への夜間の眺望に対して配慮が感じられた。桜島を主役とした日中の景観形成とは反対に、夜間は中央駅周辺を中心とした商業エリアから桜島に向かって明るさがフェードアウトする。その一方で桜島側から市街地を眺めると街が主役のように煌々と輝いている。風土と文化によって形成されたこの主役の転換こそが鹿児島特有の景観なのかもしれない。(池田)
照明探偵団 上野公園に現るvol.2
「上野の杜」の明かりのあり方や未来形を考えるワークショップ
2017/10/16,11/13-11/14 高野+森+佐藤+秋山+岩永
今年初めに行った「照明探偵団上野に現る」の第二弾を東京国立博物館をお借りして開催しました。上野の夜の在り方を街の方々と考え、検証実験してみるという内容。雨の中での開催となりましたが、様々なディスカッション、実験を通していろいろなことがわかり貴重な体験となりました。
今年の1月と2月、「上野夜公園」と題し街歩きのワークショップを開催。今回はその第2弾。一回目のフィールドワークで検討した上野公園の照明のあり方を実践するワークショップを東京国立博物館(以下東博)で行いました。ライトアップ実験は「第二回・TOKYO数奇フェス」の会期中に行われ、関係者だけでなく、市民の方々も上野公園の可能性や潜在価値を再発見することができたワークショップとなりました。(岩永光樹)
■第1夜 :照明実験&プロポーザル作成
今回は3日間かけて照明のプロから学生・主婦まで幅広い方々のアイデアを持ち寄り東博のライトアップに対するプロポーザルを検討。最終日に東博本館・表慶館、法隆寺宝物館までのアプローチに照明器具を設置してライトアップするという内容でした。
第1夜である10月16日はあいにくの雨。18時から黒田記念館でのガイダンスに始まり、東博に移動し本番で使う照明器具を実際に点灯。東洋館2階から本館・表慶館に向けて照明をあて各照明器具の性能・特徴を確認しました。その後19時からは普段東博の夜間開館時に行われている照明を点灯し様々な場所から観察・検討することができました。
現地での調査が終了した後、再び黒田記念館に戻りA班(本館)・B班(表慶館)・C班(法隆寺宝物館前・黒門)に分かれ各班で担当箇所のプロポーザルの検討を行いました。東博の白昼の画像を印刷した青紙に白・黄・オレンジ・青などの色鉛筆で夜景のプロポーザルスケッチを描き込む班、口頭で作りたいイメージ・手法を伝える班など提案手法は様々でした。第1夜は3時間で現地調査とプロポーザル検討までを一気に行うタイトスケジュールでしたが、参加者の活発な討論やスケッチ作成により第2夜の照明実験への期待が高まりました。(高野はるか)
東博の木下さんからイベントの趣旨説明
東洋館2階から本館の屋根を照らす実験の風景
さまざまな照明器具を点灯し、その効果を確認
班毎に分かれ、ライトアッププロポーザルを作成
■第2+3夜:照明実験+ライトアップ本番
第2夜の11月13日のワークショップではグループごとで考えた照明計画案が、実際の空間にどのような光の現象を起こしているのか確認し、理想的な光景を作り出すための最終調整を行いました。本番に備え、観覧者に向けた照明計画のプレゼンテーション方法を議論しました。
11月14日、いよいよライトアップ本番。各グループが思案した理想的な光環境を発表しました。プレゼンテーションでは工夫を凝らした演出をするグループもあり、見応えのある講評会となりました。
各班からライトアップコンセプトの発表とその講評が行われました。
■A班:本館
上野照明探偵団の捜査ファイルを引継いだのは、博物館前の黒田清輝記念館。
上野照明探偵団2期生に与えられたミッションは、「夜を楽しむエリアとして上野公園はどうあるべきか」というテーマ。私たちA班14名の担当は、東博の本館でした。
東博本館と言えば、上野の杜に登る旧参道の最奥で軸線を受止めています。それもその筈、かつては徳川家菩提寺の寛永寺本堂、明治維新後は新政府の宣伝塔として数多の博覧会のパビリオンが置かれ、日本文化の焦点を担い続けた場所なのです。面出団長の指導にも思わず気合が入ります。
ワークショップ初日は46年振りの記録的寒さと暗がりの中での現地調査なるも議論は白熱。「裸樹のシルエット」や「宝箱から漏れる光」など幾つかの印象的なキーワードが飛び交いイメージを捕獲するように本館の外観写真に光と闇が色鉛筆で描き加えられました。やがて皆が大切に感じる二つは、東博の二人のゆるキャラ:ユリノキちゃんとトーハクくんが体現する上野の自然と日本のカタチであることに思い至り、そのまま照明実験のコンセプトとプレゼンに反映されました。
ライトアップ本番は、入口の灯りだけが漏れる真っ黒な本館壁面からスタート。次に大壁面はLEDビームで60秒周期の7色に照射が始まります。ピンクや緑色は季節の移ろい、赤い光は幕末の戦乱の炎上など、この地に流れた時間を想起させるものでもありました。一度白色にそろえられた壁面と大屋根の軒を、私たちが選択した色:本館石材の素材色であり木材にも通じるやや暖かめの色に変えるのは5000ケルビンの色温度を半分程に下げるフィルターで9灯の光源を班のメンバーが覆っていくチームワークでした。
皆の掛け声で本館前のユリノキが点灯、舞い落ちる枯葉に、守護神のような大樹の終焉と来春の復活がクローズアップのように照射されて、照明実験が終了しました。(森 徹)
■B班:表慶館
Bチームは、片山東熊設計によるネオ・バロック様式の明治建築、表慶館を担当。本館の重厚感に対し、貴婦人のイメージ、メロンシャーベットカラーとなったドーム屋根、暗く沈んだ正面玄関、現在開催中の展覧会の横断幕の活用、フラットな印象の両翼の外壁意匠、怖い感じの入口を飾る獅子。様々なアイテムを単なる問題解決ではなく、実験的なライトアップをやってみるということとなりました。
メンバーが最も注視したのは現在暗く沈んでいる正面玄関。列柱を含め奥行き、横断幕をRBGカラーで形どり、玄関内側から外へ照明を当て、真ん中を際立たせる案が出ました。
平面的な印象の右翼の外壁は、凸部分は白、凹部分はオレンジといったコントラストを付けたり、建物のエッジを際立たせたり、木々へはアップライト、貴婦人のイメージで青や紫の照明を当てるといった案も試しました。
正面玄関につながる階段は、浮遊感を出すためにレフ板を使って濃淡を付けるというアイデアも出されました。
最終的に、地上から空へ向かって浮遊していく、日常から非日常へ誘う照明というコンセプトで玄関は色温度が低いものから高いものへと上昇するイメージで浮き立たせました。
入口の獅子像は、斜め下から照明を当てることで、怖いイメージからの脱却を測りました。
階段から正面については、階段手前から色温度を下げた照明を当て浮き立たせ、玄関および館内からの照明により、列柱の存在感、建物の内部へと誘うことを意識しました。ドーム屋根は既存の照明器具の方向を若干変えました。木々には照明を当てなかったのですが、いい具合に壁面の演出となる影ができました。
今回は限られた時間と機材の関係で、外壁は右翼のみの照明となってしまいましたが、再チャレンジできるならば、本館〜表慶館〜宝物館へと季節ごとの一連のストーリーとして、回遊することを目的とした照明にチャレンジしたいと思いました。(佐藤信代)
■C班 正門から宝物館へのパッセージ
C班は東博の正門から、法隆寺宝物館へ至る通路を担当。通路脇には背の高い木が多く茂るため、暗がりの多さが目立っています。防犯灯の眩しさのと木の暗がりとのコントラストで一層不気味さを増しており、通路の突き当たりの宝物館に足を運びにくい状況でした。そこでの問題点は、宝物館への来館者が少ないこと。そこで法隆寺宝物館へ来館者を誘導するための光をコンセプトとしました。
ディスカッションで出た意見は、通路にある建築やモニュメントへのライトアップで視界の変化を作りたい、他の建物のライトアップを相殺しない統一感、最終目的地である法隆寺宝物館を引き立てるバランスをどうとるか。
照明器具を使用したワークショップでは、器具を積極的に移動させながら通路を歩き、交差点などのポイントごとにディスカッションをして調整を重ねました。
最終的に選んだ手法として、①トンネルのように生い茂る木の葉先を照らし浮遊感をもたせ、空間全体の明るさを保持、②通路の合流点にボラード照明を置くことで視界のポイントを意図的に作り来館者の安心感を作る、③宝物館を引き立てるために、黒門のライトアップを控えめにして空間全体になじませてバランスをとりました。実際のライトアップの成果は、眩しさを抑えた変化のある風景を作ることができ、法隆寺宝物館への誘導となるライトアップができました。上野の森には樹木が多くあることから、担当した通路に似た風景が多く点在します。今回の私達の提案は、今後の上野の森の照明計画に反映できるものになったのではないでしょうか。(秋山真更)
■3日間通しての感想
「ここはもっとこういう風にしたい」という思いは誰しも持つもので、それをイメージとして描き起こすことはそう難しいことではないと思います。その反面、実際にそれを現実にすることは自力だけでは難しい、幸運や機会が重ならなければできない時もあります。今回照明探偵団はワークショップを通じて、実際に照明器具を使って目の前でライトアップのプロポーザルを再現・検証できました。
ワークショップで出たアイデアでは昼光色・昼白色の照明だけでなくRGBのLEDを使ったプランや、照明を樹木や水面にあてることでできる影や反射を利用したプロポーザルが特に興味深く、様々な人のアイデアや意見が専門家やプロの知識・経験でかみ砕かれ再構築することで実現可能な新しい提案の種になるのを見ました。
昼だけでなく夜も楽しめる上野の景色に、このワークショップでの提案がひょっこり入っているかもしれないと思うとワクワクします。上野に新しい夜の一場面が生まれることに期待しています。(高野はるか)