照明探偵団通信

照明探偵団通信 vol.119

Update:

発行日: 2023年 03 月 28 日
・照明探偵団倶楽部活動1/ 国内都市照明調査:熊本県人吉市(2022.11.10-12)
照明探偵団通信 Vol.119 PDF版をダウンロード

国内都市照明調査:熊本県人吉市

2022.11.10-12  窪田麻里+ 東悟子

日本三大急流の一つ球磨川 町のシンボルであり、住民の心の拠り所であるが、度々氾濫する暴れ川でもある

2020 年7 月の大雨で街が壊滅的な水害を受けた熊本県人吉市。人吉市が災害後取り組んできた復興に照明も大きな役割を果たしている。照明が復興にどのように寄与しているか、温泉宿のオーナーや市の担当者の方々などにヒアリングし、その後実際のひかりのプロジェクトを調査した。

2020 年7 月3 日から4 日にかけての大雨で球磨川が氾濫し、壊滅的な水害を受けた熊本県人吉市。風光明媚で温泉と焼酎とで人をおもてなしをする観光が主な産業であるこの街は、コロナだけでなく、水害のため甚大な被害を受けた。洪水からの復興に、地元の旅館オーナーが、あかりを取り入れようと『人吉ひかりの復興プロジェクト』の取り組みを開始。また人吉市は2021 年、内閣府が掲げるスーパーシティ構想(以下SC)の復興モデル事業の先駆けとして未来型の復興計画を提案している。その中であかり・照明を重要な要素として取り入れ、あかりで『防災』+『観光誘致』を目指し、実現させている。本調査はプロジェクトに関わった温泉宿のオーナー、市の担当者、照明デザイナー等にヒアリングし、あかりがキーワードになった経緯とその効果を検証した。

人吉市役所でお話を伺いました

光の復興プロジェクトフライヤー

■人吉市の復興の取り組み
まず私たちは人吉市の災害復興の取り組みを聞くべく人吉市役所を訪れ、復興政策部の田原康司さん、中村拳也さん、経済部長の溝口尚也さんにお話を伺った。人吉市は、内閣府の取り組みであるスーパーシティ構想『IT の技術を街づくりに活用することを目指す』の国家戦略特区の指定を目指し、『人吉スーパーシティ(SC) 構想』を打ちだし、その中で水害に強い町の形成、また観光の魅力づくり創出を基本コンセプトに提案し、未来型復興に取り組み始めている。SC 構想内では様々な取り組みを『防』×『攻』で分け、防ではあらゆる側面からの水害対策を行い、攻では球磨川を中心に生活する人々の賑わいを創出させることに取り組んでいる。その中で照明は川の水位状況をいち早く知らせるアラートの機能(防)と夜の街の魅力をアップさせ観光客誘致を狙う(攻)、と重要な役割を担っている。橋のアラートシステムは既に運用が開始され、川が危険水位に達すると、橋が赤く照らされ、橋周辺の住民だけでなく、防災カメラで川の水位を確認している住民にも危険を知らせる。また通常時にはこの橋は暖色で照らされ、隣接する人吉城址の石垣のライトアップと併せて球磨川の旅情溢れる夜の景観を形成している。この橋のアラートシステムは市外からも注目されており、新聞などで報道される以外にも、
問い合わせが来ているとのこと。今後は橋だけでなく、水没した街灯など市中の照明のインフラにも、
この構想が拡大する事を期待している。

あゆの里女将兼女将の会『さくら会』現会長の有村政代さん

■人吉ひかりの復興プロジェクト
あかりでの災害復興を起案した温泉旅館あゆの里の社長有村充広さんと女将の有村政代さんにもお話を伺った。私たちが訪れたあゆの里も球磨川が氾濫した時は2階近くまで浸水した。その日は100 名を超える宿泊者がおり、荒れ狂う球磨川を窓から眺めていたと言う。女将は旅館の上階に宿泊客を誘導し川の氾濫時の難を逃れたとのこと。球磨川が昼過ぎに氾濫しすぐに停電。夜は真っ暗な中、100 名を超える人たちがあゆの里で不安な一晩を過ごした。翌日、無事宿泊客はチャーターしたバスで熊本に出発。残ったのは水没してすべてダメになってしまった家具や食器、荒れ果てたロビーだった。あかりがなく、人もおらず、ただ水が押し寄せた跡だけが残された市中。そんなだれもが呆然としている中、旅館の女将会(さくら会)は、もう一度旅館街を復活させるべく、すぐに動き出す。ただ元の姿に戻すのではなく、『創造的な復興』をキーワードに復旧に奔走。廃業や移転を検討する旅館もあったが、お互いが助け合い、ほとんどの旅館は元の場所で再建している。元通りに再建するのではなく、よりよい魅力的な温泉郷にしたいと奮闘する中、理想的な温泉街を目指し各地を見て歩く有村社長は山口長門温泉のライトアップの噂を聞き、現地を視察。長門の特徴を際立たせているライトアップに感銘を受け、ライトアップを担当した照明デザイナーの長町志穂さんに人吉に来てもらえるよう直談判。そこから現在のひかりの復興プロジェクトへとつながっている。人吉は27 もの焼酎の蔵が点在し、飲み比べにはもってこいで、焼酎好きにはたまらない。また人口に対しての飲食店の割合が多く、繁華街の魅力たっぷりで、夜のそぞろ歩きにはぴったり。人吉でしか体験できないことはそろっており、あとは夜真っ暗になってしまった街にどのようなあかりを灯すかが課題。さらに人吉は相良700 年の歴史をもつ隠れ里。

球磨川の川沿いに建つ温泉旅館あゆの里


熊本県内の文化遺産の9 割を所有する遺産の宝庫でもある。神社仏閣が多く存在しており、なかでも日本の寺社仏閣では珍しい茅葺屋根を持つ。それらは夜は全く照らされておらず、夜見に行こうというアイディアもなかったという。ひかりの復興プロジェクトでは、それら文化遺産のいくつかを照らす照明の社会実験を行い、アンケート調査をおこなっているが、その評価も概ね良好のようで、自分のところも照明をつけたいとの前向きな意見も寄せられているとのこと。ライトアップしていた箇所を、社会実験後に消してしまうと、再度照らしてほしいという地元の声も上がり、常設にしたという事例も。照らしていなかった時は気づかなかった夜の魅力を、社会実験により気づかされた好例と言える。

あゆの里社長有村充広さんと照明デザイナー長町志穂さん


2 年目の社会実験ではライトアップの箇所を増やしたが、やはり周りの評価は高いようだ。ライトアップすることにより、自分たちの持っている遺産の価値を再認識されている。各所をライトアップするだけでなく、これらのライトアップされた箇所をめぐるツアーも企画され、ソフト面でもあかりが活性剤になり、新しい観光のコンテンツを作り出している。あかりが復興を牽引する要となっている。私たちはもう一人、この復興プロジェクトのキーマンとなっている人吉温泉観光協会理事の中村和博さんを訪ねた。プロジェクトの実務を担いバックアップされている。中村さんは、球磨川が氾濫し甚大な水害にあっても、人吉の住民はだれも球磨川のことを悪く言わない、川を大事に思い誇りに感じている“川の民”であることを実感したそうだ。球磨川が好きという思いは住民が協力しながら復興を続けていく重要なエネルギーになっているとのこと。中村さんは町の人との対話の中で、水害前の元の人吉に戻すだけでは観光客は戻らないのではないかと考えたそうだ。町の魅力度を上げるには、光での復興は親和性が高いと感じたそう。ランニングコストが安く、季節ごとの表情を替えるのも比較的容易で、リピート客も見込める。また飲み屋街が充実している人吉だが、それだけだとメインターゲットは男性だが、きれいな夜の景色を作ることで女性客も見込めるとのこと。今後の課題としては観光に重要なところだけライトアップするのではなく、住民にきちんと説明しながら、町全体の夜景を整えて住民も喜んでくれる取り組みにする必要性があること、収益化につなげること、継続的にお金がかかるので、予算を付けていくことなどを挙げられたお話を伺い、町に対する熱い思いと実行力、そしてそれをきちんと実現するために下支えしてくれる人の存在があり、このひかりの復興プロジェクトが実現している。今後はこのプロジェクトを継続する資金や人の協力が不可欠であり課題だそうだが、地元の人が球磨川を大事にする気持ちでまとまり、街づくりに関心を持つことで、魅力的な街作りは加速するように思う。

人吉城址と橋のライトアップを調査

■まとめ
災害復興において自分の職能で何ができるのか。多くの人が災害を目の当たりにすると考えるのではないか。LPA も2011 年の東北大震災の時に社をあげて考え、今も考え続けている。多くの人吉の人が復活した温泉宿のあかりを見
て安堵したのではないかとあゆの里の大女将は語る。復興のあかりののろしが上がると、頑張ろうという活力がわくのではないかと。暗い中のひとつのあかりがどんなに明るく力強いか。ここに私たちへのヒントがあるように思う。
人吉は今後も様々な専門家の協力を仰ぎながら、唯一無二の街になるべく街づくり、ソフト作りに邁進されるのだろう。今後数年の人吉の展開に大きな期待が膨らむ。(東悟子)

人吉ひかりの復興プロジェクト
災害復興のなかではまずはそこで暮らす人々のインフラ確保や安全・安心が最優先となるが、それだけでない魅力あるまちのあかりを灯すことは“心の復興”の一端を担うことができるものだと言ってもよいだろう。大きな水害被害により失ったまちのあかりを再び灯し、“ひかり”によりまちの魅力をより一層磨き上げていこうというプロジェクトは、2020 年の数か所での社会実験から少しずつ規模を拡大し、常設箇所を増やしている。人吉には、徒歩や自転車でまわれる範囲にも、球磨川沿いの人吉城址の石垣、青井阿蘇神社や老神神社といった茅葺社寺など、個性的なランドマークが点在している。古くから人々に大切にされてきた景色をライトアップすることで、これまでには闇に沈んでいた夜の姿を新たな魅力としてみせている。充分な資金や資材、工事環境が用意されて行われる事業ではないので、ここまでのことを継続的に行うには、熱意を持った地元のひとや専門家によって、様々な苦労を伴いながら行われていることは想像に難くない。今回は、実際のライトアップの現場を昼と夜とに回ってみたが、そのような状況下でもその建物ごとの丁寧な計画や配慮がされながらライトアップが行われていることが見て取れた。

夕暮れと共に、ライトアップされた水の手橋と城壁が川面に映り込む


■防災アラート照明が施された水の手橋。
川の上下、両岸の計4 か所からRGB 投光器で照らされており、水位の情報と連動している。この10 年ほど多くのランドマークではRGB 器具を用い色変化するライトアップが盛んにおこなわれているが、“光の色”は季節や時間の演出のほか、さまざまな情報発信の意味を伴い活用されるようになってきている。また歩道側の手すり照明は、気持ちよい歩行空間になっているが、よく見ると虫も多く訪れているようで…、やはり川沿いということが大きいのだろうか?

橋のライトアップのためのRGB投光器城壁脇の水位計の水位と連動し、色でアラートを発する

■鍛冶屋町通り~紺屋本町十軒通り
古い建物が残る石畳の鍛冶屋町通り沿いには、地元に関連のある夏目友人帳やウンスンカルタの影絵が投影され、夜の観光スポットとなっている。ひと筋隣りの紺屋本町十軒通りは、飲食店が軒を連ね、おそろいのオリジナルデザイン行灯のあかりが通りの一体感を高めている。ランドマークだけでなく、各所にあかりを点在させることで、夜の回遊性が高まることが期待される演出だ。照明デザイナーの立場からすると、このような(半仮設的な)計画の際には、適した器具の手配や配光やグレアのコントロール、器具の設置方法、配線方法、制御方法などをどうするか、というのが課題になるが、それらについても、いろいろと工夫されており、共感できる部分が多く見られた。

趣きある石畳に映し出されるウンスンカルタ影絵

■城址の石垣ライトアップは球磨川に映り込み、人吉ならではの夜景を作っているが、水没する箇所への照明器具の設置は課題が多く悩ましい。本設に向けて検討中とのこと。

現在は限られた区間で運行されている球磨川くだりの船上からも確認

樹の枝を使ったとってもオーガニックな照明ポール

■青井阿蘇神社
国宝指定されている“青井さん”こと青井阿蘇神社。印象的な赤い鳥居をさらに赤色LED でライトアップ。境内では加工しやすく目立ちにくい“止まり木風”の照明ポールに器具が設置されているのがツボだった。照明器具に自由な形で取付けられるブラックラップ( 艶消しブラックのアルミホイルのようなもの) は、配光を絞ったりグレアを防止するためのマストアイテムなのだ。

国宝青井阿蘇神社のライトアップ(茅葺屋根の楼門)

■岩屋熊野座神社
まちからは少しはなれた岩屋熊野座神社は、日本遺産構成文化財のひとつで、夜に訪れたせいか何やら神秘的な雰囲気を纏っている。静寂の中、あかりが灯された参道をあがっていくと、小さな器具でほのかに色づいた光で照らされた社殿が現れる。さらに奥には神窟があり、暗闇から聞こえてくる生き物の息遣いのような音が、一層、霊所の雰囲気を伝えている。暗闇の中から見つめられているような気がしてちょっと畏怖を覚えた。

岩屋熊野座神社は、細やかなライトアップで静謐で厳かな雰囲気を醸し出していたバナー用の基礎はフットライトを挿すのにもピッタリ?

■さいごに。
今回は普段の“気になるところに勝手に行って勝手に探偵する”スタイルとは少し違い、現地で尽力されている地元の方々や、照明デザイナーとして関わられている長町志穂さんにいろいろ貴重なお話を伺いながらの照明探偵となりました。末筆になりますが、お忙しい時間を裂いていただきありがとうございました。人吉のまちのあかりで更なる創造的復興が進みますようお祈りしております。(窪田麻里)

おすすめの投稿