2023.07.19 池田俊一 + 黒部将史 + 柴田雄太
新宿歌舞伎町は飲食店・映画館・娯楽施設などが立ち並ぶ日本最大の歓楽街である。深夜帯でも人通りが多く賑わいを見せる。近年では、シネシティ広場にたむろする「トー横キッズ」と呼ばれる少年少女が犯罪の温床となり、社会問題化している。また、新宿の新たなシンボル東急歌舞伎町タワーが開業し、話題を呼んだ。照明探偵団として、光環境・照明文化の観点から新宿歌舞伎町の今に迫った!!
■進化する歌舞伎町~ポストコロナの歓楽街~
「新宿調査~現代都市の誘蛾灯~」(2006 年)の都市調査から17 年が経過した。当時、大規模開発が進められていた新宿は、世界から注目を浴びる大観光地に成長した。しかし、2020年の緊急事態宣言により、多くの飲食店が営業を自粛し、一時は人影が消えた。現在、新宿歌舞伎町は、東急歌舞伎町タワー開業などにより街の賑わいを取り戻しつつある。本調査では歌舞伎町にスポットを当て、前回調査との比較と、進化する歓楽街の光環境調査を行った。
■エンタメ性に全振り「東急歌舞伎町タワー」
東急歌舞伎町タワーは、2023 年4 月に開業したホテル、映画館、劇場などからなる地上48 階建て、高さ約225m の超高層エンターテイメント複合施設だ。建物内へ進むと、空間は煌々と光る無数の光で溢れていた。狭い店舗や動線に不釣り合いな量の提灯などが設置され、アジアのお祭りのような賑わいが演出されていた。外に出ると、外装に設置されたデジタルサイネージ、ファザードの間接照明に加え、シネシティ広場周りからの反射光、街路灯など様々な光が入り乱れ、雑多な光環境と化していた。その中でも、デジタルサイネージによって、目の前の道路や広場の明るさが映像に連動してダイナミックに変わっている様に驚かされた。タワーの中高層部は、外装パネルの先端部のみLED が施され、それ以外は夜空と同化し、セラミックプリントされた白い窓面がぼんやりと、またホテルに宿泊している人の明かりが疎らにポツリポツリと見られた。新宿に新たに誕生した象徴的な建物であるが、夜間は形がはっきりと認識出来ず、歌舞伎町のギラギラした低層の街並みに寄り添うような形でひっそりとたたずんでいる様子が大変興味深かった。( 黒部将史)
■通りごとの個性が強く現れる照明環境
「歌舞伎町一番街」には、思い浮かべていた通りの姿があった。居酒屋やカラオケ、ゲームセンターが並び、若者からサラリーマン、外国人観光客で賑わう様は、正真正銘“日本一の歓楽街”。入口に構えた真っ赤に発光する門を抜けると、数えきれない量の電照看板が道の両側から溢れる。テトリスのように敷き詰められた電照看板は視界の半分を埋め尽くし、眩しさを感じる余裕がなくなるほど騒がしい光景であった。「セントラルロード」もまた、多くの人で賑わっていた。すれ違う人々から少し見上げると、新宿東宝ビルから頭を覗かせるゴジラが出現する。新宿東宝ビルのファサードに注目すると、高さ100m 以上の大規模なビルでは珍しく、外観がライティングされていない。相対的にゴジラが強調される効果があることに加え、周囲の電照看板の光りにより、何となく照らされてしまっているため、特にライティングする必要がないのだろう。
ホストクラブやホテル、高級料理店が立ち並ぶ「花道通り」。他の通りに比べ白色の電照看板が多く、人通りの多さに対して、薄暗い印象を受ける。その中で、ホストらのキメ顔が連なる“顔だらけの看板”は異様さを放っていた。威圧感のある顔並びであったが、内照式看板であったため、輝度はそこまで強くなく、じっくりと見つめることができた。こうして多くの女性を虜にしてきたのかもしれない。 「さくら通り」へ歩みを進めると、居酒屋や風俗店が並ぶなか、ひと際ギラギラと光りを放つ巨大ディスプレイが現れた。狭い幅員に対して、不相応なサイズと輝度。歌舞伎町で最も不快なまぶしさを感じた。
鉄道線路沿いに位置するのは「西武新宿駅前通り」。調査した通りの中で、最も上品さのある明るさが感じられた。その明るさを構成していたのは、連続的に設置された特徴的なデザインの街路灯である。棍棒のような形をしており、柱頂上部から照らされた白色と紫色の照明が、柱側面に付属した円型の鏡を反射しながら、周囲を照らす。円型の鏡をよく見ると、夕方は空が、夜間は周辺の電照看板が映り込んで見え、通りを雅やかに彩っていた。
■ T 字路の光
歌舞伎町には、T 字路が多く存在する。歓楽街に人を引き込む工夫だ。T 字路の突き当りにつくまで、その先を見ることができない歩行者に迷宮的な期待感を与えるため、意図的に街路が計画された。こうして計画されたT 字路をアイストップとして活かし、歩行者の注目を集める照明演出が行われていた。
最も目に留まった演出は、“I ♥歌舞伎町”の赤文字が描かれたネオン看板である。歌舞伎町の混沌とした世界観を表現した簡潔明瞭なフォトスポットとして、T 字路が1つのランドマークとなっていた。照明の規模やデザインは、多種多様であった。縦に長いビルのほぼ全面を大きく活かしたホストクラブの巨人看板、シンプルな横縞模様のカラーライティングが怪しげな雰囲気を漂わせるビルのエントランス、可愛い子羊のロゴマークが出迎える火鍋専門店など。遠くから見たとき、通りの両側から顔を出す看板と比べて、非常に大きく、歩行者の視線の先に映った。そして、どのような店があるのかわかったり、興味をそそったりする仕掛けとなっていた。
T 字路のアイストップを活かした電照看板の演出は通りの個性を引き立て、歌舞伎町らしさを創出していた。一方で、正面に巨大に立ちはだかる看板は、T 字路を行き止まりのように見せて、その先への期待感が薄れてしまっているようにも感じてしまった。反対に、アイストップは活かされていないT 字路はどうだろうか。ちらりと見えるT 字路の突き当りからその先へ連続するお店の灯りに、本来の目的である迷宮のような歓楽街を見て歩く楽しさと期待感を強く感じる場所もあった。 ( 柴田雄太)
■屋外広告物の輝度
歌舞伎町は屋外広告物による景観形成も行っている。袖看板やデジタルサイネージの活用で、街に賑わいを持たせようという試みだ。しかし、過度な高輝度広告物はグレア源となり、その街の光環境を不快なものにしてしまう。そのため、広告物の輝度には細心の注意を払う必要があるのではないだろうか。そこで、屋外広告物を内照式看板、投光式看板、デジタルサイネージの3 種に大別して、広告物の輝度の調査を行った。 結果を右図に示す。区のガイドラインの広告看板の最大輝度1000cd/ ㎡を超える広告がいくつか見られ、特に多く高輝度が測定されたのはデジタルサイネージであった。デジタルサイネージ
は、流れる映像によって極端に輝度値が上下に触れており、広告輝度
への配慮が必要だと感じた。また、投光式看板は、内照式と同様に比
較的低輝度だが、投光する照明が下向きに設置されているために光源
がまぶしく、目的の広告は実際の数値より暗く感じた。( 黒部将史)
■歌舞伎町の夜景の変化
2006 年の照明調査から17 年ぶりに、靖国通り側の夜間ファサードを比較した。この間に、東急歌舞伎町タワーと新宿東宝ビルの2つの巨大なビルが歌舞伎町のランドマークとして加わった。ビルに設置された広告照明は相変わらず多いものの、以前よりも自発光タイプの減少と外照タイプの増加が見られ、カラフルさについても以前と比較して落ち着いた印象がある。言い換えれば、夜景の派手さが少なくなり、歌舞伎町特有のらしさが薄れてきたように感じられるかもしれない。将来的に街並みがどのように変化するのか気になるが、日本随一の歓楽街である歌舞伎町の夜景の個性やディープさは残り続けてほしい。(池田俊一)