探偵ノート

第009号 – 光と共に過ごした日々~コロナの規制からもらった21日間の“ご褒美”~

Update:

Reiko Kasai
Lighting Design Producer
Singapore

今、私はバンコクからのシンガポールに戻る満席のエコノミークラスで、窮屈な思いをしながらラップトップを広げている。空港を行きかう人たちの多さにも驚くばかり。この光景がなんだか夢のように感じられるのは、たった一年ほど前に私が日本を往復したときの、がらんと静けさに満ちた空港、乗客は私ひとりのみというフライトの体験がまだ私の中には鮮明にのこっているからだ。

羽田からシンガポールへの帰路“貸し切り”フライトでは、機内を悠々と散歩して周り、たった一人の客のために動いてくれる5人の愛想のよいCAたちとのおしゃべりやトランプ遊びが楽しく、シンガポール着陸後に待ち構えている強制21日間のホテル待機への不安もすっかり消えてしまっていた。

利用客よりも感染防護服を纏ったスタッフの数の方が多い閑散と寂しいチャンギ空港から乗せられたバスも、乗客は私だけ。行先が知らされないため緊張が続くが、到着したのは市街中心地のバルコニーつきの高層ホテルだった。

事前の恐怖と悲観に満ちた想像― 密閉されたホテルの部屋に一人で過ごす21日間、退屈、閉塞感、不健康、狂気 ― は完全に裏切られ、私はその後の21日間を、平安と快適、健康で規則的、幸福感に満ち溢れた時間を過ごしたのだった。その幸せな時間をもたらしてくれたのは、バルコニーに全面開放できる大きな窓だったと断言できるほどの絶対的なもので、9階の私の部屋からは滞在を通して屋外とつながり、光と共に過ごすことができた。

ベッドに差し込む光で始まる朝、モーニングヨガ、7時過ぎにはドアの外に運ばれる朝食、まぶしいほどの光をたっぷり浴びて飲むコーヒー、9時にはじまるチームとのZoomミーティング,それに続く毎日の仕事。ランチタイム、夕方のバスタイム。読書。自然と襲ってくる眠気。

部屋の窓向きに据え付けられたワーキングデスクからは、窓の外に広がる180度の市街の光景と常に変化する光や雲の流れと一体感を持つことができ、毎日全く飽きることなく外を眺めていた。日が暮れたあとの市街地の夜景もまた美しく、窓を開け放して一人で静かな時間を楽しんだ。

こんな風に一日の光の変化や雲を動きを眺めて過ごしたのは、もしかるすると窓際の席に座っていた中学3年生の退屈な授業中以来?

自分にとって何も新しくない街のホテルの一室に一人籠っていながら、こんなにも平穏に満ちた快適な時間を過ごすことができている自分に驚いた。

21日間ものホテル隔離を踏まえてでも帰国したのは、その半年前に亡くなった父の物に溢れかえった家の整理をするためだったのだが、その気が重い任務を数日間でなんとか果たすことができたのは大きな安堵だった。 シンガポールに戻って、逗留ホテルから東京の叔母に貸し切りのフライトと快適なホテル滞在の日々を報告したら、それは“がんばった私に、父からのご褒美に違いない” というメッセージが返ってきて思わず泣いてしまった。


葛西 玲子
照明デザインプロデューサー/LPAシンガポールオフィス代表
シンガポール

広くアジアの各国を視察調査し、フリーライターとして建築文化を中心とした執筆活動を行っている。

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