世界都市照明調査

東京調査:築地

東京調査 築地

2017/12/14,2018/01/12  根本勲 + 山本雅文 

昨今「市場移転問題」として話題になっていた築地市場が豊洲に移転する事が決定した。築地市場は日本・世界最大の卸売市場で人気の観光地でもある。人々を魅了するこの有名な市場には、果たしてどんな光環境が拡がっているのだろうか。また、市場の為の特異な光があるのか探るべく、普段立ち入ることの出来ないせり場といったプロの取引の現場にも踏み込んで調査を行った。

対岸俯瞰_パノラマ
隅田川を隔てた築地対岸からの夜景。正面には築地市場、左側には東京タワーと築地大橋、右側には勝鬨橋が一望できる

今回の築地調査では、主にプロが生鮮食品の売買取引を行っている場内市場と、一般の人が買い物や食事をしたりする場外市場、周辺の観光スポットとして人気のある築地本願寺と勝鬨橋にも赴いた。

■築地市場周辺の光環境
築地市場対岸の勝どきエリアからは、隅田川を介して市場の全景や勝鬨橋、東京タワーといった建物を一望する事ができる。
市場内や周辺の建物からは白色の光が多く目に入ってくるが、対岸からは隅田川に面している場内の鮮魚荷捌所から漏れる暖かい電球色の光が印象的であり、情緒ある美しい夜景を生み出していた。この暖かみのある市場の光からは、長らくこの地に根付いて来た築地の歴史を感じさせられる。これとは対照的に、背景の高層ビル群の白色の光は目まぐるしく発展していく都市の勢いを象徴しているようである。
場外市場は、400店を越す商店が立ち並んでおり、夕方以降も開店しているお店も多くあった。各店舗には様々な光源や種類の照明が自由に取り付けらており、統一感のない混沌としている光環境ではあったが、どこか昭和のノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。

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夜の築地市場俯瞰。朝と比べ照明も抑えられ閑散としている
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早朝の築地市場は既に活動している様子が伺える

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ライトアップされた築地本願寺
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ライトアップされた勝鬨橋

■築地本願寺と勝鬨橋
築地本願寺は江戸時代の1617年に建立され、国の重要指定文化財にもなっている。この寺院は古代インド様式の石造りになっており、荘厳な気配漂う建築物である。日没後は大胆に建物全体がライトアップされ、昼とはまた違った幻想的な表情になっていた。特に菩提樹の葉がモチーフになっており、蓮の花がデザインされている中央ドームは他よりも低い色温度で強調して照らされており、神々しい姿でその存在感を夜の街中で放っていた。
隅田川に架かる勝鬨橋は、1940年に完成した日本で現存する数少ない可動橋である。現在は跳開することはないが、東京湾に最も近く位置しているので、竹芝エリアからもライトアップされている様子を見ることができる。
緑と青の鮮やかな光が、ゆるやかな弧を描きながら双方の岸を繋ぎとめ、周辺に立ち並ぶ高層マンションと呼応しながら水面に光を映しこんでいる。水面は風と時折通り過ぎてゆく屋形船の軌跡で静かにゆらめき、都市がゆっくりと深呼吸しているかのようである。
この美しい隅田川の夜景は、これからどのように変化していくのであろうか。川の近郊では、竹芝開発や晴海選手村のように、2020年に向けた大規模な都市開発が相次いで進行している。隅田川はそのような状況にさらされているが、景観を損なうことなく、下町の風情を水面に映しとり、暮らしの身近なところで私たちの気持ちを潤してくれる川であり続けることを望んでいる。(根本勲)

■場内市場
早朝3時、普段立ち入ることの出来ない場内に足を踏み入れた。ヘッドライトを灯したターレットトラックが頻繁に行き交う。我々も米川水産の相沢氏が運転するターレットの荷台に便乗し、かじかむ手でバーにしがみつきながら場内を駆け巡った。息が白んでいる。

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卸売業者売場の照明は業者によって異なり多種多様だった
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築地四丁目交差点から、場外市場の玄関口「もんぜき通り」を見る

■鮮魚せり場と水産仲卸売場
まず案内されたのは鮮魚せり場。床面を埋め尽くすように青魚や貝類、海藻が納められた箱が並び、積み上げられている。幅15m、天高7m程度の大空間に約2x5mピッチで蛍光灯が並ぶ。色温度は4800K、床面照度は300Lx、演色性はRa83の均斉度の高い空間であった。ここでは遠海で取れた魚などが取引されているようだ。
一方の水産仲卸売場は扇形の空間で、近海で取れた魚の取引が行われている。天高約5mという点を除いて、鮮魚せり場と光環境は類似していた。

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鮮魚せり場
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積まれた箱の間を縫うようにターレットトラックが走り回る

■マグロセリ場
マグロセリ場に到着した時、並べられたマグロの間を仲買人が歩きながら品定めをしていた。尻尾を突いてえぐり取った身を手でこねながら、時折懐中電灯で照らしてみる。鮮度を確かめているのだろうか。セリ人の掛声とともに金音が鳴り響く。いよいよセリの始まりだ。セリ人と仲買人の掛声が飛び交う。両者は手を高々に挙げ、身を乗り出しながら合図を送り合う。光源はFHF32Wの蛍光灯。場内の多くの場所では白色の蛍光灯が使われている一方で、ここの色温度は2800Kであった。マグロの赤身を認識しやすくするのか、良く見せるためなのか、低い色温度のベース照明となっていた。床面照度は250Lx、演色性はRa85であった。

■卸売業者売場
卸売業者売場は場内の中で最も雑多な空間だ。各業者が密集して連なり、狭い路地でもターレットが通り抜けていく。まるで吉祥寺のハモニカ横丁の様な懐古的な雰囲気が漂う。屋号を掲げた各卸売業者の照明は、白熱電球、蛍光灯、LED電球、ハロゲンランプといった様々な光源が一同に会する。例えて言うならば照明の水族館とでも言うべきか。豊洲市場では光環境の統一が図られるのか非常に興味深い。

■セリ場と仲卸売場の通路
日中にセリ場と仲卸売場の間の通路を歩いたことがある。そこには勾配の付いたポリカ波板の屋根がかかっている。屋根には無数の小さな穴が空いており、築地市場が老朽化している部分も伺えた。そこから差し込む太陽の直射光が偶然にも木漏れ日のような美しい光の表情を冬のアスファルトに落とし込んでいた。春の日差しを思わせる、やわらかな光の輪郭が重なり合いながら連なる道。光環境として特筆すべきことでは無いのかもしれないが、時間の経過と光が織りなす詩的な光景が築地にあったという事実を書き留めておきたい。

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マグロせり場
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セリ場と仲卸売場の通路

■購買意欲をそそる光
魚市場で爽やかなオレンジ色のサーモンを見つけて購入した。商品棚から離れた通路で再び取り出すと色がくすんで見える。売場のスポットライトを確認すると、赤色のLED素子が混ざっている。店主に聞くと、赤身をより鮮やかに見せて、客の購買意欲をそそる目的で器具を選定したそうだ。採光色の器具は築地の魚市場に限らず、スーパーの鮮魚売場でも多用されている。品物の本当の色味を知るには、商品棚から外れたところで確認しなければいけない。消費者の手に届く段階で、商品をより鮮やかに魅せる作為的な演出が加わっている。

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左側は売場で撮影したのに対して、右側は通路で撮影した
キャプチャ2
赤色LED素子が組み込まれた生鮮売場用スポットライト

■あとがき
ターレットを降りた頃に東の空が白んで来た。対岸から夜明けの築地を眺めるべく、再び勝鬨橋を駆け抜けて隅田川を渡った。橋上にさしかかると空への視界が開ける。澄みきった明け方の冬空は紺色から薄緑色にグラデーションしている。東のビルの谷間から薄紅色の空が覗き始めた。対岸に着いて振り返ると、築地の灯りの背後には、窓明かりが消えた高層ビルが、壁の様に隙間なく立ちはだかる。これから市場が豊洲へ移転し、どのような光環境を創り出すのかを確かめてみたい。西の空には未だかすかに、夜空の青さが残っている。(山本雅文)

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