世界都市照明調査

国内都市照明調査 対馬 漁火 

2022.09.30-10.02 村岡桃子 + 木村光+ 笹本明美

対馬特産のイカは夜漁で釣られ、その漁火風景は地域の人々の日常にある。計画として成立した景色ではなく生業が表出させる夜景を調査しに対馬を訪ねた。船で夜釣りにも出て、満天の星空の下で、影を湛えた海と漁火の対比を記録した。その釣果と撮影成果はいかに。

玄界灘に浮かぶ対馬は、素晴らしく自然が豊かで美しい島である。緑の濃いしまなみ間際に澄んだ海辺が陽の光を浴びてきらめき、島のあちこちに太古からの歴史と大陸との交易の要所を担ってきたことが分かる史跡がある。日中は
見惚れるような鮮やかな色彩に溢れ、日没後には本当に暗い夜が訪れる。
 対馬の特産物のひとつにイカがある。日没前に出港した船が季節ごとの漁場において、船上に煌々と照明を灯す“夜焚き”という漁法でイカを捉える。
 対馬の夜焚きについて、“夜漁の漁火がまるで地球の座標のように⾒える”と耳にして以来、まだ見ぬそのイメージに強く魅了された私たちは、計画として成立した景色ではなく生業が表出させる漁火夜景を観察しに対馬調査へ赴くこととした。

■イカ釣り船に乗るまで
 夜焚きは魚が光に対して集まる性質“ 正の走光性” を利用した漁法である。その起源ははるか昔に遡ることができるようだが、光に集まる魚の習性は変わらず、光源の変遷はありつつも、灯りを焚くという漁法も変わりがない。漁火の風景は営々と夜漁を営む地域の夜景としてあり続けてきた景色である。
 夜漁の風景が地域固有の景色として大事にされていることは、対馬の市街中心地の近くに“漁火公園”を冠した高台があることからもわかる。何時からその風景が出現するのか、曜日や天候、季節で出港状況に影響はあるのか、はたまた乗船体験もできるのか、、手探りで事前調査を進めた。“風景としての漁火”と“漁火の一点になる体験”の両面から漁火を捉えることを目的としている旨をお伝えする中で、対馬観光物産会や現地船長さんたちがとても親切に繋いで下さり、予定日程に漁火が多く見られるであろう島の東側のエリアに船を出して頂ける正恒丸さんに乗船させてもらうことになった。陸地からのビューポイントも、方角によって異なる漁火の要素を添えてアドバイスを下さった。
 イカ釣り漁船は夕方4 時ごろに出港し沖に出てから照明を焚くとのこと。どれくらい明るい光なのか、魚がどれくらい光に惹きつけられるのか、景色としてどう見えるのか、数多くの疑問と期待と船酔いへの心配を抱えて迎えた乗船日はべた凪の快晴となった。   ( 村岡桃子)

船長の原さんにイカの吊り方を教えてもらう
小鹿港の様子、既にほとんどの船は出港してしまった       
2灯の赤灯で船上は昼間の様に明るい

■正恒丸でいざ沖へ
 港を出たのは予定より遅めの19 時過ぎ。進む船の上で浴びる風は爽快で、山並みの黒さと空の星の密度に目を見張った。15 分ほど沖に出たところで停泊、そして正恒丸の集魚灯点灯。眩しさと熱さを感じる照明が煌々と焚かれ、明順応した目に果たして夜空や周辺漁火はどれほど見えるのか、との心配も束の間、水平線奥の天空を照らす漁火群、50m ほど離れたところに停泊してくれている船長のお友達のイカ釣り船からの漁火、そして満点の夜空、と異なる距離の瞬きがしっかりと眼前に立ち現れた。
 電球色系の高出力照明が2 灯点灯するデッキの上は中心524lx。50m ほどは離れたイカ釣り漁船の漁火は65~145cd/ ㎡ほど。イカ釣り漁船の多くは15km ほど先に停泊しており、それらの漁火は天空光となって水平線の先を照らし、光の強弱で船の間隔が感じ取れた。
杉本博司さんの海景シリーズのような幻想的な風景に心を奪われる。何より驚いたのは、船に集まってくるサバやフグやイカの多さとそれらが水面をはねる音。サバやフグは水面間近で集魚灯の光を受けて光り煌めいていた。
 私たちが停泊したのは深さ50m ほどのエリアで、巻き取る釣り糸の色を見ながらイカの多い水深にあたりを付ける方法を船長が丁寧に教えてくれたのだが、目の前に大量に踊り
泳ぐイカが見える状態とは裏腹に、私たちの釣果は計10 杯となった。( うち船長4 杯)  ( 村岡桃子)

船の足元に集まった大量のサバやフグが飛び跳ねる
水中からイカ目線の漁火と釣り人(防水カメラで撮影)
近景に見えたイカ釣り漁船、白灯を焚いている
船の操縦席、左側にあるのは魚の探知機            

■漁船からの漁火
 夜は少し肌寒くはじめのうちは寒さを心配していたが、漁火への高揚とイカ釣りへ熱中し、気付いたら少し汗ばむほどだった。自分たちが乗った船と、50 mほど先に大きめの漁船が白い明かりを焚いて漁をしていたが、それ以外は水平線の向こう側で漁を行っていた。水平線の上には白い光がにじむ様にひろがり、その上には黒い空に星が見えていた。海は漁火の対比で水平線に近い海は暗く黒く見え、更に近くなるとまた明るくなり、今までに感じたことのない、グラデーションとは違う光の層が積み重なるような景色を作っていた。
 今回の調査では、他にはない夜の海というこの状況を記録すべく、様々な方法で撮影を試みた。まずは息を鎮め波を膝で吸収しながらカメラを構えたり、スマホにジンバルを付けたり、長い自撮り棒に水中カメラを付け海の中から撮影したりなど、今までのセオリーに無い方法をいろいろ試みた。普段の街を見る感覚とは違う状況で、手探りではあるが少しでもこの状況を伝えられたらと考え、試行錯誤をした結果を見て頂きたい。          (木村光)

船上から見えた水平線と漁火の様子
 美津島港の漁船
親切な船長さんに漁火のことを詳しく教えて頂きました

■2種類の集魚灯
 翌日、美津島町高浜漁協へと向かう。数人の漁師さんがたむろしている中、決死の覚悟でお声掛けして、漁成丸の船長さんに船の調査をさせていただくことになった。早速、船を引き寄せて、船に乗せてくれる。船には大小2 種類のランプが一つおきに計6 個ぶら下がっている。「これは集魚灯だよ。両方とも3kW ある。
大きいのは白い光で、小さいのは赤い光。今はみんなほとんど小さい方だけ使ってるね。大きい方は油を食うので、節電ね。昔は大きい方ばかり炊きよったけど、今は小さい方でもイカは集まってくるけん。逆に大きい方は魚が寄ってきて、イカをぶっちぎっていくんよ。だから、大きい方じゃ、イカは上がらんとよ。灯りを炊いてやろうか」
 ガーッとエンジンをかけて、まずは小さい方、澄み切った秋の空に温かい暖色の灯りが灯される。この灯りを求めて、イカが寄ってくる。次に大きい方、こちらは初め薄青いひかりが放たれ、オレンジ色になり、最後に煌々と白い灯りに変化する。昼中でもかなり眩しく、とても熱い、顔の近くに来るとじりじりと日に焼ける感じがする。実際に日焼けもするとのこと。対馬の夜の地平線を煌々と照らす漁火を構成するのは、この一つ一つの集魚灯である。漁成丸は今は休暇中とのことだが、冬になれば、再びその中の一点を構成する。  ( 笹本明美)

赤灯(電球色) 赤白両方とも1つ3kW の放電灯

■遠景からの漁火
 日が暮れ始め、空がゆっくり深い青色になってくると、島に近い船から、徐々に漁火が点きだした。一番星が見えだすころ、水平線上にぽつぽつ光が見え始め、そこからはあっという間に水平線を漁火が埋め尽くして行った。水平
線に見渡す限りの漁火の光の点は圧倒的な迫力で、おもわず声が出てしまうほどに感動を味わうことが出来た。
 高台からは、前日漁船の上では見えなかった漁火の光源がキラキラと輝いており、この日は良く晴れていたが空が少し霞がかっていたため、漁火の周りがぼやっと空側に広がり、星は真上を見上げないと分からないほど空を照らし
ていた。星空と漁火を同時に撮影したかったが、残念ながらかなわなかった。
 漁船から見ていた時は、ほとんどの漁火が白灯に見えていたが、高台から見ると多くが赤灯だった。改めて写真を見返して気付いたのだが、赤灯は小さな点に見え、白灯は空にぼやっと光が広がっているのが分かる。漁船からは、水平線の向こう側に漁火があったので、空に回り込んだ光だけを見ていた。それによりぼやっと光が広がった白灯を見てそう感じたということだった。おそらく赤灯と白灯の波長域の特性による違いで、空気中で拡散する度合いに差が生まれたのではないかと予想している。実際に感じた面白い現象だが、もしかしたら水中のイカたちからは、また違った見え方をしているのかも、、と考えると漁火への興味は尽きない。( 木村光)

烏帽子岳展望所からの眺望

■厳原市街
 対馬の中心地である厳原は、美しい石垣や史跡が点在し、小舟の停泊する水辺とも近く、そぞろ歩くのにとても楽しいまちである。街灯やボラード照明なども対馬藩主宗氏の家紋が施されており、照明意匠にも歴史を感じさせる佇まいがある。美しい街並みを湛えた風景は、日没後、一部の過剰な照明によってその風情を打ち消されてしまう状況が見受けられた。ホテルのロゴが厳原の夜空を青く染める様子は、曇りの夜にはより遠くまで波及することだろう。ドラッグストアの駐車場の明るさは、まさに目が眩むほどである。
 全国展開しているチェーンストアやホテルの外装に表出する光量は周辺環境に合わせて調整されるべきであることは明白である。対馬の美しい夜空が損なわれてしまっている状況は非常に残念でならない。   ( 村岡桃子)

対馬には古くから石の文化で、民家の石垣も美しい
歩道には石に埋め込まれたボラード照明  
厳原市街の3つの施設が周辺環境に対して強い光を放っている


■正恒丸番外編(となりの晩御飯@対馬)
 船酔いで夜釣りを断念した私は正恒丸の船長さんのご実家にお世話になることになった。「すみません、お世話になります。」ご実家の壁にはお孫さんやひ孫さんのお写真や命名書がたくさんはってあり、ご家族が仲良しであることがうかがえる。「寝てて良いよ。船酔いはどうしようもないよ。つらいよね。」( 船長のお父様の優しいお言葉にじんわり) 早速、掘り炬燵のちゃぶ台の横の座布団の上で横になる。
 「お茶でも入れようか。」「黒砂糖でも食べるかい。」「テレビでも見たら」「え、良いんですか。ほんとすみません。」思いのほか、お茶を飲み飲みのんびりした時間を過ごす。「イカを食べるかい。」「え、良いんですか!」先ほど釣ったイカを食べさせてくれるという。船で釣りたてのイカが食べれなかったので、正直、すごく嬉しい。
しばらくすると、丁寧に細く切ったイカソーメンがお皿に山盛りで出てきた。見た目がプリッとして美味しそう。「これを付けてね」お醤油とともに出てきたのは柚子胡椒である。え、刺身に柚子胡椒?その組み合わせは食べたことがない。未知の領域。恐るおそるさしみ醤油に柚子胡椒を溶かして、つけてみる。「何これ!美味しいですね。」甘い濃厚なイカが柚子胡椒の香りでとっても爽やか。この組合わせは最高にイカに合う。それから、ご飯にきんぷら、ひじきの煮物、茗荷の漬物、胡瓜の漬け物など次々と食卓に並ぶ。「対馬のひじきは美味しいでしょ。小さくな
いでしょ。」たしかに、大きめでふっくらしていて甘くて美味しい。刺身醤油と柚子胡椒とひじきは自分用のお土産に買っていかなくては、と心に決める。
 お腹いっぱいで大変満足、釣りは断念するも、この充実感。正恒丸で本当に良かった。船長さんとお父様のハイブリット対応が秀逸だ。船酔いで途中で陸に戻れるサービスは、なかなか無いと思う。次回も絶対に正恒丸にしよう。また、よろしくお願いします。 ( 笹本明美)

船酔いが限界で、陸まで小舟で引き返す笹本団員

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